・・・昔なら三流品でも、しかし、いまではたしかに一流品に違いなかったのである。値段も大いに高いけれども、しかし、それよりも、之を求める手蔓が、たいへんだったのである。お金さえ出せば買えるというものでは無かったのである。私はこのウイスキイを、かなり・・・ 太宰治 「親友交歓」
・・・笠井さんはこのごろ、山の高さや、都会の人口や、鯛の値段などを、へんに気にするようになって、そうして、よくまた記憶している。もとは、笠井さんも、そのような調査の記録を、写実の数字を、極端に軽蔑して、花の名、鳥の名、樹木の名をさえ俗事と見なして・・・ 太宰治 「八十八夜」
・・・平目一まいの値段が、僕たちの一箇月分の給料とほぼ相似たるものだからな。このごろの漁師はもう、子供にお小遣いをねだられると百円札なんかを平気でくれてやっているのだからね。 そう、そうらしいですね。(部屋の中央に据子供たちにあんな大金を持た・・・ 太宰治 「春の枯葉」
・・・下駄ひとつ買うのにも、ひとつきまえから、研究し、ほうぼうの飾窓を覗いてみて、値段の比較をして、それから眼をつぶって大決意を以って、下駄の購買を実行する。下駄のながもちする履きかたも、私は、ちゃんと知っている。路を行くときは、きわめてゆっくり・・・ 太宰治 「春の盗賊」
・・・その内の一つを取り下ろして値段をきいてみると六円だという。骨董品というほどでなくても、三越等の陳列棚で見る新出来の品などから比較して考えてみても、六円というのはおそらく多くの蒐集者にとっては安いかもしれない。しかし私はなんだか自分などの手に・・・ 寺田寅彦 「ある日の経験」
・・・細かく言えば高価なフィルムの代価やセットの値段はもちろん、ロケーションの汽車賃弁当代から荷車の代までも予算されなければならないのである。これを、詩人が一本の万年筆と一束の紙片から傑作を作りあげ、画家が絵の具とカンバスで神品を生み出すのと比べ・・・ 寺田寅彦 「映画芸術」
・・・たとえばド・ヴァレーズ伯爵がけしからぬ犯行の現場から下着のままで街頭に飛び出し、おりから通りかかったマラソン競走の中に紛れ込み、店先の値段札を胸におっつけて選手の番号に擬するような、卑猥であくどい茶番はヤンキー王国の顧客にはぜひとも必要なも・・・ 寺田寅彦 「音楽的映画としての「ラヴ・ミ・トゥナイト」」
・・・たとえばマッキンレーが始めて大統領に選ばれたときに馬鈴薯の値段が暴騰したので、ウィスコンシンの農夫らはそれをこの選挙の結果に帰した。しかし実は産地の旱魃のためであった。近ごろの新聞には、亭主が豆腐を一人で食ってしまって自分に食わせないという・・・ 寺田寅彦 「科学と文学」
・・・だが其頃はまだ竹や木を伐採するには季節が早過ぎたのと一つは彼の足もとをつけ込む商人の値段は皆廉かった。有繋に彼も躊躇した。恐怖心が湧起した時には彼には惜しい何物もなかった。それで居て彼は蚊帳の釣手を切って愚弄されたことや何ということはなしに・・・ 長塚節 「太十と其犬」
・・・カントがいった如く、物には皆値段がある、独り人間は値段以上である、目的其者である。いかに貴重なる物でも、そはただ人間の手段として貴いのである。世の中に人間ほど貴い者はない、物はこれを償うことが出来るが、いかにつまらぬ人間でも、一のスピリット・・・ 西田幾多郎 「我が子の死」
出典:青空文庫