・・・……菜大根、茄子などは料理に醤油が費え、だという倹約で、葱、韮、大蒜、辣薤と申す五薀の類を、空地中に、植え込んで、塩で弁ずるのでございまして。……もう遠くからぷんと、その家が臭います。大蒜屋敷の代官婆。…… ところが若夫人、嫁御というの・・・ 泉鏡花 「眉かくしの霊」
・・・ こんな夜ふけになぜ洗濯をするかというに、風呂の流し水は何かのわけで、洗い物がよく落ちる、それに新たに湯を沸かす手数と、薪の倹約とができるので、田舎のたまかな家ではよくやる事だ。この夜おとよは下心あって自分から風呂もたててしまいの湯の洗・・・ 伊藤左千夫 「春の潮」
・・・無論ドコの貸本屋にも有る珍らしくないものであったが、ただ本の価を倹約するばかりでなく、一つはそれが趣味であったのだ。私の外曾祖父の家にもこの種の写本が本箱に四つ五つあった。その中に馬琴の『美少年録』や『玉石童子訓』や『朝夷巡島記』や『侠客伝・・・ 内田魯庵 「八犬伝談余」
・・・「諸事倹約」「寄附一切御断り」などと門口に貼るよりも未だましだが、たとえば旅行すると、赤帽に二十円、宿屋の番頭に三十円などと呉れてやるのも、悪趣味だった。もっとも、これは大勢人の見ている時に限った。無論、妾も置いた。おれの知っている限りでは・・・ 織田作之助 「勧善懲悪」
・・・それにこの節は御倹約ということに決定たのですから」「何の御倹約だろう」「炭です」「炭はなるほど高価なったに違ないが宅で急にそれを節約するほどのことはなかろう」 真蔵は衣食台所元のことなど一切関係しないから何も知らないのである・・・ 国木田独歩 「竹の木戸」
・・・ 定まって晩酌を取るというのでもなく、もとより謹直倹約の主人であり、自分も夫に酒を飲まれるようなことは嫌いなのではあるが、それでも少し飲むと賑やかに機嫌好くなって、罪も無く興じる主人である。そこで、「晩には何か取りまして、ひさしぶり・・・ 幸田露伴 「鵞鳥」
・・・しかし大学にある間だけの費用を支えるだけの貯金は、恐ろしい倹約と勤勉とで作り上げていたので、当人は初めて真の学生になり得たような気がして、実に清浄純粋な、いじらしい愉悦と矜持とを抱いて、余念もなしに碩学の講義を聴いたり、豊富な図書館に入った・・・ 幸田露伴 「観画談」
・・・御維新の大変動で家が追々微禄する、倹約せねばならぬというので、私が三歳の時中徒士町に移ったそうだが、其時に前の大きな家へ帰りたい帰りたいというて泣いていて困ったから、母が止むを得ず連れて戻ったそうです。すると外の人が住んで居て大層様子が変わ・・・ 幸田露伴 「少年時代」
・・・それは倹約にして暮してもいます。そういうことを想って見なけりゃ成りません。私も東京に自分の家でも見つけましたら、そりゃ姉さんに来て頂いてもようござんす。もう少し気分を落着けるようにして下さい」「落着けるにも、落着けないにも、俺は別に何処・・・ 島崎藤村 「ある女の生涯」
・・・くて汚くて慾が深くて、裏切って、ろくでも無いのが多いのだから、謂わばアイコとでも申すべきで、むしろ役人のほうは、その大半、幼にして学を好み、長ずるに及んで立志出郷、もっぱら六法全書の糞暗記に努め、質素倹約、友人にケチと言われても馬耳東風、祖・・・ 太宰治 「家庭の幸福」
出典:青空文庫