・・・が、官僚気質の極めて偏屈な人で、容易に人を近づけないで門前払いを喰わすを何とも思わないように噂する人があるが、それは鴎外の一面しか知らない説で、極めてオオプンな、誰に対しても城府を撤して奥底もなく打解ける半面をも持っていたのは私の初対面でも・・・ 内田魯庵 「鴎外博士の追憶」
・・・ 父親は偏窟の一言居士で家業の宿屋より新聞投書にのぼせ、字の巧い文子はその清書をしながら、父親の文章が縁談の相手を片っ端からこき下す時と同じ調子だと、情なかった。 秋の夜、目の鋭いみすぼらしい男が投宿した。宿帳には下手糞な字で共産党・・・ 織田作之助 「実感」
・・・の看板を掛けているのだが、偏屈なのと、稽古が無茶苦茶にはげし過ぎるので、弟子は皆寄りつかなくなって、従って収入りも尠かったのである。 ヴァイオリンなぞ艶歌師の弾くものだと思いこんでいた親戚の者たちは、庄之助に忠告して、「ヴァイオリン・・・ 織田作之助 「道なき道」
・・・お前はだんだん偏屈になるなア。そんな風で世間を押し通すことは出来ないぞ。とさすがに声はまだ穏やかなり。 しかしあの男のどこに取柄があります。第一、と言いかけるを押し止めて、もういいわ、お前はお前の了簡で嫌うさ。私は私で結交うから、もうこ・・・ 川上眉山 「書記官」
・・・内密話しながら露繁き田道をたどりしやも知れねど吉次がこのごろの胸はそれどころにあらず、軍夫となりてかの地に渡り一かせぎ大きくもうけて帰り、同じ油を売るならば資本をおろして一構えの店を出したき心願、少し偏屈な男ゆえかかる場合に相談相手とするほ・・・ 国木田独歩 「置土産」
・・・が何より禁物なので、東京にゆけば是非、江藤侯井下伯その他故郷の先輩の堂々たる有様を見聞せぬわけにはいかぬ、富岡先生に取ってはこれ則ち不平、頑固、偏屈の源因であるから、忽ち青筋を立てて了って、的にしていた貴所の挙動すらも疳癪の種となり、遂に自・・・ 国木田独歩 「富岡先生」
・・・別に活計に困る訳じゃなし、奢りも致さず、偏屈でもなく、ものはよく分る、男も好し、誰が目にも良い人。そういう人でしたから、他の人に面倒な関係なんかを及ぼさない釣を楽んでいたのは極く結構な御話でした。 そこでこの人、暇具合さえ良ければ釣に出・・・ 幸田露伴 「幻談」
・・・なるほど酸いも甘いも咬み分けたというような肌合の人には、馬琴の小説は野暮くさいでもありましょうし、また清い水も濁った水も併せて飲むというような大腹中の人には、馬琴の小説はイヤに偏屈で、隅から隅まで尺度を当ててタチモノ庖丁で裁ちきったようなの・・・ 幸田露伴 「馬琴の小説とその当時の実社会」
・・・の怪奇な姿をこわごわ観察している偏屈な老学究の滑稽なる風貌が、さくら音頭の銀座から遠望した本職のジャーナリストの目にいかに映じるかは賢明なる読者の想像に任せるほかはないのである。 寺田寅彦 「ジャーナリズム雑感」
・・・ 九 ある偏屈だと人から云われている男が、飼猫に対する扱い方が悪いと云ってその夫人を離縁した。そういう噂話をして面白がって笑っている者があった。 表面に現われたそれだけの事実を聞けば、なるほどおかしく聞こ・・・ 寺田寅彦 「鑢屑」
出典:青空文庫