・・・明日はちょうど一月に一度あるお君さんの休日だから、午後六時に小川町の電車停留場で落合って、それから芝浦にかかっている伊太利人のサアカスを見に行こうと云うのである。お君さんは今日までに、未嘗男と二人で遊びに出かけた覚えなどはない。だから明日の・・・ 芥川竜之介 「葱」
・・・私は突然この恐しさに襲われたので、大時計を見た眼を何気なく、電車の線路一つへだてた中西屋の前の停留場へ落しました。すると、その赤い柱の前には、私と私の妻とが肩を並べながら、睦じそうに立っていたではございませんか。 妻は黒いコオトに、焦茶・・・ 芥川竜之介 「二つの手紙」
・・・聞けば中央停車場から濠端の電車の停留場まで、傘もささずに歩いたのだそうだ。では何故またそんな事をしたのだと云うと、――それが妙な話なのだ。 千枝子が中央停車場へはいると、――いや、その前にまだこう云う事があった。あいつが電車へ乗った所が・・・ 芥川竜之介 「妙な話」
・・・自分たちは外套の肩をすり合せるようにして、心もち足を早めながら、大手町の停留場を通りこすまでは、ほとんど一言もきかずにいた。すると友人の批評家が、あすこの赤い柱の下に、電車を待っている人々の寒むそうな姿を一瞥すると、急に身ぶるいを一つして、・・・ 芥川竜之介 「毛利先生」
・・・ 電車の停留場に向かって、歩く途中で、ふと天上の一つの星を見て、こういいました。その星は、いつも、こんなに、青く光っていたのであろうか。それとも、今夜は、特にさえて見えるのだろうか。 彼女は、無意識のうちに、「私の生まれた、北国では・・・ 小川未明 「青い星の国へ」
・・・「あの子は、昨日、いつものように、停留場に立って新聞を売っていますと、どこかの大きな犬がやってきて、ふいに、子供に向かってほえついたので、どんなに、子供はびっくりしたでしょう。そのことが、頭にあるとみえて、いま大きな犬に追いかけられた夢・・・ 小川未明 「ある夜の星たちの話」
・・・石油だす。停留場の近所まで行て、買うて来ましてん。言うだけやったら、なんぼ言うたかてあんたは飲みなはれんさかい、こら是が非でも膝詰談判で飲まさな仕様ない思て、買うて来ましてん。さあ、一息にぱっと飲みなはれ」 と、言いながら、懐ろから盃を・・・ 織田作之助 「秋深き」
・・・ で彼等は、電車の停留場近くのバーへ入った。子供等には寿司をあてがい、彼は酒を飲んだ。酒のほかには、今の彼に元気を附けて呉れる何物もないような気がされた。彼は貪るように、また非常に尊いものかのように、一杯々々味いながら飲んだ。前の大きな・・・ 葛西善蔵 「子をつれて」
・・・「……君はひどく酔払っていたから分らないだろうがね、あの洲崎で君が天水桶へ踏みこんで濡鼠になった晩さ、……途中水道橋で乗替えの時だよ、僕はあそこの停留場のとこで君の肩につかまって、ほんとにおいおい声を出して泣いたんだぜ。それはいくら君と・・・ 葛西善蔵 「遁走」
・・・「今度ア、伊三郎の田を入れるとて、わざと、あんな青大将のようにうね/\とうねらしてしまったんだぞ。」 こう云い出した。実際、今度は、伊三郎の田が、どいつも、こいつもひっかゝっていた。「停留場を、あしこの田のところへ、権現の方のを・・・ 黒島伝治 「浮動する地価」
出典:青空文庫