・・・日に十里を楽々と走破しうる健脚を有し、獅子をも斃す白光鋭利の牙を持ちながら、懶惰無頼の腐りはてたいやしい根性をはばからず発揮し、一片の矜持なく、てもなく人間界に屈服し、隷属し、同族互いに敵視して、顔つきあわせると吠えあい、噛みあい、もって人・・・ 太宰治 「畜犬談」
・・・わたしは一晩泊って行くように勧めたが、平素健脚を誇っている唖々子は「なに。」と言って、酔に乗じて本郷の家に帰るべく雪を踏んで築地橋の方へと歩いて行った。 三 同じ年の五月に、わたしがその年から数えて七年ほど前に書・・・ 永井荷風 「十日の菊」
・・・平地の健脚は、決して石ころの山道で同様の威厳を持ち得ない事を発見致しました。 紐育あたりから遊びに来て居ります人々でも、矢張り私と余り違わない程度と見えて、深い山等へ出かける者は少うございます。従って朝夕、美くしく着飾った女達が、都会に・・・ 宮本百合子 「C先生への手紙」
・・・ 一九一九年八月二十五日〔東京市本郷区林町二一 中條精一郎宛 レーク・ジョージより〕 此間此山に登ろうとしてグランパと二人で出かけました、が、私の非常に大自慢な健脚は、どうかしてすっかり調子を狂わせてしまった。 三分の一・・・ 宮本百合子 「日記・書簡」
・・・西行はために健脚となり信長は武骨な舞いを舞った。神農もソクラテスもカントもランスロットもエレーンも乃至はお染久松もこの問題に触れた。釈尊やイエスはこれを解いて、多くの精霊を救う。この救われたる衆生が真の人生を現わしたか。救われずして地獄の九・・・ 和辻哲郎 「霊的本能主義」
出典:青空文庫