・・・オルガンは内部の見えるように側面の板だけはずしてあり、そのまた内部には青竹の筒が何本も竪に並んでいた。僕はこれを見た時にも、「なるほど、竹筒でも好いはずだ」と思った。それから――いつか僕の家の門の前に佇んでいた。 古いくぐり門や黒塀は少・・・ 芥川竜之介 「死後」
・・・ 路は山陰に沿うていたから、隊形も今日は特別に、四列側面の行進だった。その草もない薄闇の路に、銃身を並べた一隊の兵が、白襷ばかり仄かせながら、静かに靴を鳴らして行くのは、悲壮な光景に違いなかった。現に指揮官のM大尉なぞは、この隊の先頭に・・・ 芥川竜之介 「将軍」
・・・それより訴えると云うその事実の、滑稽な側面ばかり見た自分たちは、こう先生が述べ立てている中に、誰からともなくくすくす笑い出した。ただ、それがいつもの哄然たる笑声に変らなかったのは、先生の見すぼらしい服装と金切声をあげて饒舌っている顔つきとが・・・ 芥川竜之介 「毛利先生」
・・・く人もないニコライの寺の鐘が、真夜中に突然鳴り出したり、同じ番号の電車が二台、前後して日の暮の日本橋を通りすぎたり、人っこ一人いない国技館の中で、毎晩のように大勢の喝采が聞えたり、――所謂「自然の夜の側面」は、ちょうど美しい蛾の飛び交うよう・・・ 芥川竜之介 「妖婆」
・・・ 加うるに椿岳の生涯は江戸の末李より明治の初期に渡って新旧文化の渦動に触れている故、その一代記は最もアイロニカルな時代の文化史的及び社会的側面を語っておる。それ故に椿岳の生涯は普通の画人伝や畸人伝よりはヨリ以上の興味に富んで、過渡期の畸・・・ 内田魯庵 「淡島椿岳」
・・・これらの諸説はみな恋愛の種々相のある一側面を捕え得たものには相異ない。この後とても世代の移るにつけいろいろな説がつみたされていくであろう。 が恋愛とは何であるかということを概念的にきめてかかることはさまで大事なことではない。むしろ自分自・・・ 倉田百三 「学生と生活」
・・・ 愛するというのも早ければ別れるのも軽く、少し待たせれば帰ってしまい、逢びきの間にも胸算用をし、たといだます分でもだまされはせぬ――こういった現代の娘気質のある側面は深く省みられねばならぬ。新しさ、聡明さとはそんなものではないはずだ。新・・・ 倉田百三 「女性の諸問題」
・・・ どうすれば、こういう側面からのサヴエート攻撃の根を断つことができるか! 呉清輝は、警戒兵も居眠りを始める夜明け前の一と時を見計って郭進才と橇を引きだした。橇は、踏みつけられた雪に滑桁を軋らして、出かけて行った。 風も眠っていた・・・ 黒島伝治 「国境」
・・・暗い竹藪のかげの細道について、左手に小高い石垣の下へ出ると、新しい二階建ての家のがっしりとした側面が私の目に映った。新しい壁も光って見えた。思わず私は太郎を顧みて、「太郎さん、お前の家かい。」「これが僕の家サ。」 やがて私はその・・・ 島崎藤村 「嵐」
・・・高く築き上げられた、大きな黒ずんだ石の側面はそれに附着した古苔と共に二人の右にも左にもあった。 旧足軽の一人が水を担いで二人の側を会釈して通った。 矢場は正木大尉や桜井先生などが発起で、天主台の下に小屋を造って、楓、欅などの緑に隠れ・・・ 島崎藤村 「岩石の間」
出典:青空文庫