・・・日向と書く文字に偽りなく、ここは明るい。平明に、こだわりなく天と地とがぽーっと胸を打ち開いて、高らかな天然の樹木、人間の耕作物をいだきのせている。自動車という文明の乗物できまった村街道を進むのではあるが、外の自然を見ていると、空気に、日光に・・・ 宮本百合子 「九州の東海岸」
・・・名もない、一人の貧しい、身重の女が全身から滲み出しているものは、生活に苦しんでいる人間の無限の訴えと、その苦悩の偽りなさと、そのような苦しみは軽蔑することが不可能であるという強い感銘とである。そしてさらに感じることは、ケーテ・コルヴィッツは・・・ 宮本百合子 「ケーテ・コルヴィッツの画業」
・・・どこへ一票を投じたならば、生活そのものから湧いている多くの願いは正直に答えられ偽りなく行動されるのであろうか。 真面目な若い女性にとって、自分たちがもつ選挙権の行使ということは、生きてゆく良心の課題として立ち現れて来ているとさえ思えるの・・・ 宮本百合子 「現実に立って」
・・・そこに、誰しも新しい政府を思い、その順序として選挙を思い、しかも、真に人民生活の向上をはかる実力ある、自分たちの政治を渇望するのである。偽りない主権在民を、実現したいと思うのである。その現実の力のつよさで、戦争というものの根絶された日本の民・・・ 宮本百合子 「現実の必要」
・・・詩情の究極は人間への愛であり、愛は具体的で、いつも歴史のそれぞれの段階を偽りなくうつし汲みとるものであるからこそ、そこに真実と美のよりどころとなりうる。わたしたちの世紀に、どうして私たちの世紀の真と善と美とがありえないだろう。 一九・・・ 宮本百合子 「現代の主題」
・・・とあの文章との間には、それぞれに偽りでないこの作家の一つの情感が貫き流れている。けれども、それは一人の作家を貫いて、あちらとこちらに流露している人間的情感としてだけ止るのだろう。中野重治の「五勺の酒」に含まれている多くの問題は、彼の『議会演・・・ 宮本百合子 「五〇年代の文学とそこにある問題」
・・・彼はあまりに悲しみ過ぎた、が故に、彼はそのもろもろの苦しみと悲しみとを最早偽りの事実としてみなくてはならなかった。 ――間もなく、妻は健康になるだろう。 ――間もなく、二人は幸福になるだろう。 彼はこのときから、突如として新しい・・・ 横光利一 「花園の思想」
・・・ ただしかし、その体験が浅薄なゆえに偽りを含んでいるとしたら―― 和辻哲郎 「生きること作ること」
・・・そうして彼らは、自分を圧倒する激しい感激によって、その知識の偽りでないことを自分自身に実証した。彼らは自己の前にある物が右のごとき神秘な力の現われであることを信ずるほかはない。またそれを礼拝しないではいられない。 しかし真に彼らの感激を・・・ 和辻哲郎 「偶像崇拝の心理」
・・・すなわち我々はいわゆる創作と呼ばれるものの内に、真の創作と偽りの創作とを区別しなければならない。そうしてただ正直な高貴な創作をのみ真の創作として取り扱わなければならない。この貴族主義的な考え方は近代の心理学的方法とは背馳するが、しかし創作の・・・ 和辻哲郎 「創作の心理について」
出典:青空文庫