・・・ 私はサロンの偽善と戦って来たと、せめてそれだけは言わせてくれ。そうして私は、いつまでも薄汚いのんだくれだ。本棚に私の著書を並べているサロンは、どこにも無い。 けれども、私がこうしてサロンがどうのと、おそろしくむきになって書いても、・・・ 太宰治 「十五年間」
・・・ 知ルヤ、君、断食ノ苦シキトキニハ、カノ偽善者ノ如ク悲シキ面容ヲスナ。コレ、神ノ子ノ言。超人説ケル小心、恐々ノ人ノ子、笑イナガラ厳粛ノコトヲ語レ、ト秀抜真珠ノ哲人、叫ンデ自責、狂死シタ。自省直ケレバ千万人ト言エドモ、――イヤ、握手ハマダ・・・ 太宰治 「創生記」
・・・というのは、私にはどうも偽善のような気がしてならない。 つぎにまた、あいまいな点は、「一体になろうとする特殊な性的愛」のその「性的愛」という言葉である。 性が主なのか、愛が主なのか、卵が親か、鶏が親か、いつまでも循環するあいまい極ま・・・ 太宰治 「チャンス」
・・・それらの書物を通して見た老子は妙にじじむさいばかりか、何となく偽善者らしい勿体ぶった顔をしていて、どうも親しみを感ずる訳には行かないので、ついついおしまいまで通読する機会がなく、従って老子に関する概念さえなしにこの年月を過ごして来たのであっ・・・ 寺田寅彦 「変った話」
・・・つまり正当なる社会の偽善を憎む精神の変調が、幾多の無理な訓練修養の結果によって、かかる不正暗黒の方面に一条の血路を開いて、茲に僅なる満足を得ようとしたものと見て差支ない。あるいはまたあまりに枯淡なる典型に陥り過ぎてかえって真情の潤いに乏しく・・・ 永井荷風 「妾宅」
・・・けれども諸君のためを思い、また社のためを思い、と云うと急に偽善めきますが、まあ義理やら好意やらを加味した動機からさっそく出て来たとすればやはり幾分か善人の面影もある。有体に白状すれば私は善人でもあり悪人でも――悪人と云うのは自分ながら少々ひ・・・ 夏目漱石 「文芸と道徳」
・・・そんな工合で毎日生きていながら私はビジテリアンですから牛肉はたべません、なんて、牛肉はいくら喰べたって一つの命の百分の一にもならないのだ、偽善と云おうか無智と云おうかとても話にならない。本とうに動物が可あいそうなら植物を喰べたり殺したりする・・・ 宮沢賢治 「ビジテリアン大祭」
・・・そして、愛という字が近代の偽善と自己欺瞞のシムボルのようになったのはいつの時代からでしょうか。三文文士がこの字で幼稚な読者をごまかし、説教壇からこの字を叫んで戦争を煽動し、最も軽薄な愛人たちが、彼等のさまざまなモメントに、愛を囁いて、一人一・・・ 宮本百合子 「愛」
・・・それは、偽善的である以外にありようのない本質のものであることを、わたしに見せた。「ワルシャワのメーデー」「スモーリヌイに翻る赤旗」そのほかは、かえって来てから一九三一年にかかれている。「ピムキン、でかした!」は、その年のはじめに日本プロ・・・ 宮本百合子 「あとがき(『宮本百合子選集』第八巻)」
・・・では、宗教学校の偽善的な教育にあき足りない激しい性質のジャックの苦悩と、彼に対する周囲の誤解のみにくさが描かれている。「一九一四年夏」は、一昨年「チボー家の人々」第八巻として幾年ぶりかで出版された。翻訳権の問題がきまれば、つづけて終りまで本・・・ 宮本百合子 「生きつつある自意識」
出典:青空文庫