・・・この句は蛇笏に対する評価を一変する力を具えていた。僕は「ホトトギス」の雑詠に出る蛇笏の名前に注意し出した。勿論その句境も剽窃した。「癆咳の頬美しや冬帽子」「惣嫁指の白きも葱に似たりけり」――僕は蛇笏の影響のもとにそう云う句なども製造した。・・・ 芥川竜之介 「飯田蛇笏」
・・・それは××胡同の社宅の居間に蝙蝠印の除虫菊が二缶、ちゃんと具えつけてあるからである。 わたしは半三郎の家庭生活は平々凡々を極めていると言った。実際その通りに違いない。彼はただ常子と一しょに飯を食ったり、蓄音機をかけたり、活動写真を見に行・・・ 芥川竜之介 「馬の脚」
・・・ここにおいて青くなりて大に懼れ、斉しく牲を備えて、廟に詣って、罪を謝し、哀を乞う。 その夜また倶に夢む。この度や蒋侯神、白銀の甲冑し、雪のごとき白馬に跨り、白羽の矢を負いて親しく自ら枕に降る。白き鞭をもって示して曰く、変更の議罷成らぬ、・・・ 泉鏡花 「一景話題」
・・・其処へ東京から新任の県知事がお乗込とあるについて、向った玄関に段々の幕を打ち、水桶に真新しい柄杓を備えて、恭しく盛砂して、門から新筵を敷詰めてあるのを、向側の軒下に立って視めた事がある。通り懸りのお百姓は、この前を過ぎるのに、「ああっ、・・・ 泉鏡花 「国貞えがく」
・・・出来るのである、最も生活と近接して居って最も家族的であって、然も清閑高雅、所有方面の精神的修養に資せられるべきは言うを待たない、西洋などから頻りと新らしき家庭遊技などを輸入するものは、国民品性の特色を備えた、在来の此茶の湯の遊技を閑却して居・・・ 伊藤左千夫 「茶の湯の手帳」
・・・この煎薬を調進するのが緑雨のお父さんの役目で、そのための薬味箪笥が自宅に備えてあった。その薬味箪笥を置いた六畳敷ばかりの部屋が座敷をも兼帯していて緑雨の客もこの座敷へ通し、外に定った書斎らしい室がなかったようだ。こんな長屋に親の厄介となって・・・ 内田魯庵 「斎藤緑雨」
・・・ 恁う考えて来るとそんな強い力、立派な人格を備えた先生と云うものが果してそんなに沢山あるか疑われる。然しそんな先生が沢山なければ多数の幼き国民をどうしよう。この意味から云っても現在の知識階級が尤も眼ざめなくてはならぬ事である。私はこの点・・・ 小川未明 「人間性の深奥に立って」
・・・たとえ冷たな芸術品でも優しみと若やかな感じとは具えていなければならぬ。『冷たな』とは作者の特質である。優しみと若やかな感じとは芸術本来が有つべき姿である。これを文芸について云えば、色彩描写たると平面描写たるとは問題でない。其れが芸術品として・・・ 小川未明 「若き姿の文芸」
・・・思いもかけず、こんな田舎の緑樹の蔭に、その世界はもっと新鮮な形を具えて存在している。 そんな国定教科書風な感傷のなかに、彼は彼の営むべき生活が示唆されたような気がした。 ――食ってしまいたくなるような風景に対する愛着と、幼い時の・・・ 梶井基次郎 「城のある町にて」
・・・ それは大事な魂胆をお聞き及びになりましたので、と熱心に傾聴したる三好は顔を上げて、してそのことはどのような条規を具えているものに落札することになりましょうか。 さあその条規も格別に、これとむつかしいことはなく、ただその閣令を出す必・・・ 川上眉山 「書記官」
出典:青空文庫