・・・と尋ねてみたいとも思うが、それは少し僭越過ぎることだろうか。 次に氏は社会主義的思想が第四階級から生まれたもののみでないことを言っているが、今までに出た社会主義思想家と第四階級との関係は僕が前述したとおりだから、重複を厭うことにする。た・・・ 有島武郎 「片信」
・・・ 汽車に乗って、がたがた来て、一泊幾干の浦島に取って見よ、この姫君さえ僭越である。「ほんとうに太郎と言います、太郎ですよ。――姉さんの名は?……」「…………」「姉さんの名は?……」 女は幾度も口籠りながら、手拭の端を俯目・・・ 泉鏡花 「小春の狐」
・・・私は、それに就いて、いま諸君に、僭越ながら教えなければなりません。その時の、男の答弁は正しいのです。また、その一言を信頼し、無罪放免した検事の態度も正しいのです。決してお互い妥協しているのではありません。男は、あの決闘の時、女房を殺せ! と・・・ 太宰治 「女の決闘」
・・・仙術太郎氏の半生と喧嘩次郎兵衛氏の半生とそれから僭越ながら私の半生と三つの生きかたの模範を世人に書いて送ってやろう。かまうものか。嘘の三郎の嘘の火焔はこのへんからその極点に達した。私たちは芸術家だ。王侯といえども恐れない。金銭もまたわれらに・・・ 太宰治 「ロマネスク」
・・・それでこの甚だ杜撰な比較が万一この方面の専門家の真面目な研究のヒントにでもならばと思って、思い付いたままを誌してみた次第である。僭越の罪は宥してもらいたい。 寺田寅彦 「短歌の詩形」
・・・このはなはだ僭越と考えらるべき門外漢の一私案が、もし専門学者にとってなんらかの参考ともならば、著者としての喜びはこれに過ぎるものはない。 思うにこの私案の第一歩の試みを最も有効に遂行するためには、おそらく言語学者と科学者との協力が必要で・・・ 寺田寅彦 「比較言語学における統計的研究法の可能性について」
・・・この卑下、正直、芸術尊敬の三つのエレメントが抱和した結果はどうかと云うに、まあ、こんな事を考える様になったんだ――将来は知らず、当時の自分が文壇に立つなどは僭越至極、芸術を辱しむる所以である。正直の理想にも叶って居らん……と思うものの、また・・・ 二葉亭四迷 「予が半生の懺悔」
・・・批評家中野好夫は、林の僭越さにむっとしたからこそ沈黙をもって答えたのだったろう。しかし、読者としては、中野好夫が沈黙で答えたもう一つの理由も感じとられなくはなかった。中野好夫の場合にも、前にふれた二人の作家と同じように、私小説と私小説的リア・・・ 宮本百合子 「現代文学の広場」
・・・る自分、この自分がいるばかりにようよう哀れな亭主も子供達も生きていられるのだという自信に、少なからず誇りを感じていた彼女は、何の価値も全然認め得ない彼が、一存で礼を突返して来たということ――無能力者の僭越――によって、非常に自分の誇りを傷け・・・ 宮本百合子 「禰宜様宮田」
・・・文政五年は午であるので、俗習に循って、それから七つ目の子を以てわたくしの如きものが敢て文を作れば、その選ぶ所の対象の何たるを問わず、また努て論評に渉ることを避くるに拘らず、僭越は免れざる所である。 ―――――――――・・・ 森鴎外 「細木香以」
出典:青空文庫