・・・今やどんな僻村へ行っても三人か五人の中学卒業者がいる。そうして彼らの事業は、じつに、父兄の財産を食い減すこととむだ話をすることだけである。 我々青年を囲繞する空気は、今やもうすこしも流動しなくなった。強権の勢力は普く国内に行わたっている・・・ 石川啄木 「時代閉塞の現状」
・・・て、古びた玩弄品屋の店で、ありあわせたこの雀を買ったのがはじまりで、笛吹はかつて、麻布辺の大資産家で、郷土民俗の趣味と、研究と、地鎮祭をかねて、飛騨、三河、信濃の国々の谷谷谷深く相交叉する、山また山の僻村から招いた、山民一行の祭に参じた。桜・・・ 泉鏡花 「貝の穴に河童の居る事」
・・・荒涼たる僻村の風情も文字の外にあらわれたり。岩のとげとげしきも見ゆ。雨も降るごとし。小児もびしょびしょと寂しく通る。天地この時、ただ黒雲の下に経立つ幾多馬の子ほどのお犬あり。一つずつかわるがわる吠ゆる声、可怪しき鐘の音のごとく響きて、威霊い・・・ 泉鏡花 「遠野の奇聞」
・・・ 秋は早い奥州の或山間、何でも南部領とかで、大街道とは二日路も三日路も横へ折れ込んだ途方もない僻村の或寺を心ざして、その男は鶴の如くにせた病躯を運んだ。それは旅中で知合になった遊歴者、その時分は折節そういう人があったもので、律詩の一、二・・・ 幸田露伴 「観画談」
・・・津軽半島、海岸の僻村。 時。昭和二十一年、四月。 第一場舞台は、村の国民学校の一教室。放課後、午後四時頃。正面は教壇、その前方に生徒の机、椅子二、三十。下手のガラス戸から、・・・ 太宰治 「春の枯葉」
・・・祖父が晩年を過したところで、特徴のない僻村だが、家族的に思い出の深い家があった。七八年前まで、彼女は独りで女中を対手にずっとそこで暮していた。東京の隠居所へ移ってからも、祖母は春や秋になると田舎を懐しがった。あっちには、彼女が苗木の時から面・・・ 宮本百合子 「祖母のために」
出典:青空文庫