・・・大三十日愚なり元日なお愚なりサ。うまいだろう。かつて僕が腹立紛れに乱暴な字を書いたところが、或人が竜飛鰐立と讃めてくれた事がある。今日のも釘立ち蚯蚓飛ぶ位の勢は慥かにあるヨ。これで、書初めもすんで、サア廻礼だ。」「おい杖を持て来い。」「・・・ 正岡子規 「初夢」
・・・癒せるものなら人間の体へは出来るだけ小さく傷をつけるというのが、木村先生のモットウである由。元日に外科では手術室をすっかり片づけて恒例福引をし、今年は木村先生の盲腸の手術、指も入らない、で子供の指環をとった看護婦があったそうだ。 おなか・・・ 宮本百合子 「寒の梅」
一月五日 〔市ヶ谷刑務所の顕治宛 上落合より〕 あけましてお目出度う。私たちの三度目の正月です。元日は、大変暖かで雨も朝はやみ、うららかでしたが、そちらであの空をご覧になりましたろうか。去年の二十八日には、私が家を・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
・・・特に、「ああ、やっと平和な元日が迎えられる。」と思ったとき、この平和な元日の朝にこそ、その顔をみたい大切な男の人々を団欒の中から失っている日本の数百万の婦人の胸のなかはどんなだったでしょう。 この深い思いは、決して日本の婦人、イタリーや・・・ 宮本百合子 「今年こそは」
・・・――じゃ何だな、大晦日も元日もソヴェト同盟じゃ平日なんだね。 ――その緑のボッチの番のものが三十一日に、黄ボッチが一日に休むだけだ。工場や役所じゃほかの番の者がどしどし働いてるんだ。プロレタリアートのほんとうの一月の記念日は一日じゃない・・・ 宮本百合子 「正月とソヴェト勤労婦人」
正月元日に巖本真理のヴァイオリン独奏の放送をきいた。そして、その力づよくて純潔な音色からつよい印象をうけた。シゲッティというヴァイオリンの名手が来朝したとき、もう地下活動をしていた小林多喜二がこっそりききに行って、ひどく感・・・ 宮本百合子 「手づくりながら」
・・・正月元日に明治神宮の参道をみたす大衆の中に、インテリゲンチャは何人まざっていたかと当時の知識人を叱責した彼のその情報局的見地に立ったものでした。 日本の降伏後、言論の自由、思想と良心と行動の自由があるようになったはずです。でもその現実は・・・ 宮本百合子 「討論に即しての感想」
・・・外の景色ものどかならば、人々の気持も静かである。元日だと云っても別に之ぞと云う東京ほどのにぎにぎしさもない。 来る人も少ないし、女家内でもあるのでおとそなんかも少しほかない。一盃おとそを飲めば後は熱酣でなければ飲んだ気のしない此処いらの・・・ 宮本百合子 「農村」
・・・正月元日。 朝のうち曇って居たが午近く快晴。くに、奇麗な髪で、おめでとうを述ぶ。自分達も改まった装はしたが一向正月らしからず。山の奥だから何だかぱっとしないのか、宿屋の風がそうなのか。玄関の松飾と女中の髪だけに表象される新年。・・・ 宮本百合子 「湯ヶ島の数日」
・・・それからふざけながら町を歩いて帰ると、元日には寝ていて、午まで起きはしません。町でも家は大抵戸を締めて、ひっそりしています。まあ、クリスマスにお祭らしい事はしてしまって、新年の方はお留守になっているようなわけです」と云う。「でもお上のお儀式・・・ 森鴎外 「かのように」
出典:青空文庫