・・・これは、元祖から、今の宗家へ伝来したのだと云うが……」 生憎、その内に、僕は小用に行きたくなった。 ――厠から帰って見ると、もう電燈がついている。そうして、いつの間にか「手摺り」の後には、黒い紗の覆面をした人が一人、人形を持って立っ・・・ 芥川竜之介 「野呂松人形」
・・・―― お米の横顔さえ、ろうたけて、「柘榴寺、ね、おじさん、あすこの寺内に、初代元祖、友禅の墓がありましょう。一頃は訪う人どころか、苔の下に土も枯れ、水も涸いていたんですが、近年他国の人たちが方々から尋ねて来て、世評が高いもんです・・・ 泉鏡花 「縷紅新草」
・・・油画の元祖の川上冬崖は有繋に名称を知っていて、片仮名で「ダイオラマ」と看板を書いてくれた。泰山前に頽るるともビクともしない大西郷どんさえも評判に釣込まれてワザワザ見物に来て、大に感服して「万国一覧」という大字の扁額を揮ってくれた。こういう大・・・ 内田魯庵 「淡島椿岳」
・・・トーヴァルセンを出して世界の彫刻術に一新紀元を劃し、アンデルセンを出して近世お伽話の元祖たらしめ、キェルケゴールを出して無教会主義のキリスト教を世界に唱えしめしデンマークは、実に柔和なる牝牛の産をもって立つ小にして静かなる国であります。・・・ 内村鑑三 「デンマルク国の話」
・・・の本舗があり、裏門筋には黒焼屋が二軒ある。元祖本家黒焼屋の津田黒焼舗と一切黒焼屋の高津黒焼惣本家鳥屋市兵衛本舗の二軒が隣合せに並んでいて、どちらが元祖かちょっとわからぬが、とにかくどちらもいもりをはじめとして、虎足、縞蛇、ばい、蠑螺、山蟹、・・・ 織田作之助 「大阪発見」
・・・鼻祖と言いかけて、熊本君のいまの憂鬱要因に気がつき、「元祖ですね。」と言い直した。 熊本君は、救われた様子であった。急にまた、すまし返って、「たしかに、そんなところもありますね。」赤い唇を、きゅっと引き締めた。「僕は最近また、ぼちぼ・・・ 太宰治 「乞食学生」
・・・いずれも立派なものであるが、その中の一つが相対論の元祖と称せられる「運動せる物体の電気力学」であった。ドイツの大家プランクはこの論文を見て驚いてこの無名の青年に手紙を寄せ、その非凡な着想の成効を祝福した。 ベルンの大学は彼を招かんとして・・・ 寺田寅彦 「アインシュタイン」
・・・文人画の元祖である中華民国でも、美術の本場であるフランスでも、一般人士の間にはたして日本の老幼男女に共通な意味でのよい景色を賞観する心持ちがあるかどうかわからない。少なくもアメリカの百万長者がアルプスの空気と光線に健康とエネルギーを求めて歩・・・ 寺田寅彦 「カメラをさげて」
・・・で片方が「元祖」だとか言って長い年月を鬩ぎ合った歴史もあったという話を聞いたことがある。関東大震災にはたぶんあのへんも焼けたであろうが、つい先日電車であのへんを通るときに気をつけて見ると昔と同じ場所と思わるる所に二軒の黒焼き屋が依然として存・・・ 寺田寅彦 「自由画稿」
昔ギリシアの哲学者ルクレチウスは窓からさしこむ日光の中に踊る塵埃を見て、分子説の元祖になったと伝えられている。このような微塵は通例有機質の繊維や鉱物質の土砂の破片から成り立っている。比重は無論空気に比べて著しく大きいが、そ・・・ 寺田寅彦 「塵埃と光」
出典:青空文庫