・・・「だって、先方が承知でぜひ行きたいと言うんだもの」「ははは、あんまりそうでもあるめえて、ねえ新さん」「ところが、先方のお母なぞと来たら、大乗り気だそうだから、どうだね金さん、一つ真面目に考えて見なすったら?」と新造は大真面目なの・・・ 小栗風葉 「深川女房」
・・・しかし、先方はそれを承知だと、仲人に説き伏せられてみると、彼の両親もそしてまた彼も萬更ではなかった。 早速見合いがおこなわれた。まだ十八になったばかしの、痛痛しいばかりに初々しい清楚な娘さんである。 その娘さんがお茶を立てるのを見な・・・ 織田作之助 「十八歳の花嫁」
・・・そりゃ君、つまらんじゃないか。そんな処に長居するもんじゃないよ。気持を悪くするばかしで、結局君の不利益じゃないか。そりゃ先方の云う通り、今日中に引払ったらいゝだろうね」「出来れば無論今日中に越すつもりだがね、何しろこれから家を捜さにゃな・・・ 葛西善蔵 「子をつれて」
・・・まらぬ覚悟を見せん、運悪く流れ弾に中るか病気にでもなるならば帰らぬ旅の見納めと悲しいことまで考えて、せめてもの置土産にといろいろ工夫したあげく櫛二枚を買い求め懐にして来たのに、幸衛門から女房をもらえと先方は本気か知らねど自分には戯談よりもつ・・・ 国木田独歩 「置土産」
・・・原則としては恋愛というものは先方に気がなければ引き退るべきはずのものだ。しかし相手の娘の愛がまだ眠っていて目ざめないことがあるものだ。こちらの熱情がそれを呼びさまし、相手の注意がこちらに向いて、ついに熱烈な相思の仲になることもあるものだ。先・・・ 倉田百三 「学生と生活」
・・・仕方がないから割に高いけれども、腹の中に目的があるので、先方のいい値で買って、わが家へ帰ると直にこの話をした、勿論親父に悦ばれるつもりであった。すると親父は悦ぶどころか大怒りで、「たわけづらめ、慾に気が急いて、鐙の左右にも心を附けずに買いお・・・ 幸田露伴 「骨董」
・・・ この話が川越の加藤大一郎さんととうさんとの間にまとまり先方の承諾を得たのは、ことしの七月のころでした。大一郎さんはそのために一度東京へ出て来てくれました。いろいろ打ち合わせも順調に運び、わざとばかりの結納の品も記念に取りかわしました。・・・ 島崎藤村 「再婚について」
・・・私はむしろ情負けをする性質である。先方の事情にすぐ安値な同情を寄せて、気の毒だ、かわいそうだと思う。それが動機で普通道徳の道を歩んでいる場合も多い。そしてこれが本当の道徳だとも思った。しかしだんだん種々の世故に遭遇するとともに、翻って考える・・・ 島村抱月 「序に代えて人生観上の自然主義を論ず」
・・・後には、小母さんも藤さんの事は先方から避けていっさい自分の前では言わなくなった。初やも言い含められでもしたのか、妙に藤さんの名さえも口に出さなかった。二人で何とか考えての事かもしれないと思ったが、そんなことはどうでもよかった。聞かされさえし・・・ 鈴木三重吉 「千鳥」
・・・あの男の話によれば、先方の女は、今日はじめて、拳銃の稽古をしていたというではないか。私は学生倶楽部で、何時でも射撃の最優勝者ではなかったか。馬に乗りながらでも十発九中。殺してやろう、私は侮辱を受けたのだ。この町では決闘は、若し、それが正当の・・・ 太宰治 「女の決闘」
出典:青空文庫