・・・それで、急にまた出京るという目的もないから、お前さんにも無理な相談をしたようなわけなんだ。先日来のようにお前さんが泣いてばかりいちゃア、談話は出来ないし、実に困りきッていたんだ。これで私もやっと安心した。実にありがたい」 吉里は口にこそ・・・ 広津柳浪 「今戸心中」
・・・が、思うて見ると、先日の会に月という題があって、考えもしないで「鎌倉や畠の上の月一つ」という句が出来た。素人臭い句ではあるが「酒載せて」の句よりは善いようだ。これほど考えて見ながら運坐の句よりも悪いとは余り残念だからまた考えはじめた。この時・・・ 正岡子規 「句合の月」
・・・が死んでから一周忌も過ぎた。友達が醵金して拵えてくれた石塔も立派に出来た。四角な台石の上に大理石の丸いのとは少としゃれ過ぎたがなかなか骨は折れて居る。彼らが死者に対して厚いのは実に感ずべき者だ。が先日ここで落ちあった二人の話で見ると、石塔は・・・ 正岡子規 「墓」
・・・ 母親のひばりは、 「さようでございます。先日はまことにありがとうございました。せがれの命をお助けくださいましてまことにありがとう存じます。あなた様はそのために、ご病気にさえおなりになったとの事でございましたが、もうおよろしゅうござ・・・ 宮沢賢治 「貝の火」
・・・ 不意にうしろで「今晩は、よくおいででした。先日は失礼いたしました。」という声がしますので四郎とかん子とはびっくりして振り向いて見ると紺三郎です。 紺三郎なんかまるで立派な燕尾服を着て水仙の花を胸につけてまっ白なはんけちでしきり・・・ 宮沢賢治 「雪渡り」
・・・今いる家は静かそうに思って移ったのですが、後に工場みたいなものがあって、騒々しいので、もう少し静かなところにしたいと思って先日も探しに行ったのですが、私はどちらかというと椅子の生活が好きな方で、恰度近いところに洋館の空いているのを見つけ私の・・・ 宮本百合子 「愛と平和を理想とする人間生活」
日本には、治安維持法という題の小説があってよい。そう思われるくらい、日本の精神はこの人間らしくない法律のために惨苦にさらされた。 先日、偶然のことから古い新聞の綴こみを見ていた。そしたら、一枚の自分の写真が目についた。・・・ 宮本百合子 「ある回想から」
・・・「よい心持ちに酔いました。先日からかれこれと心づかいをいたしましたせいか、いつもより酒が利いたようでござります。ご免をこうむってちょっと一休みいたしましょう」 こう言って長十郎は起って居間にはいったが、すぐに部屋の真ん中に転がって、鼾を・・・ 森鴎外 「阿部一族」
・・・えいの事をわたくしの問うたこの翁媼は今や亡き人である。先日わたくしは第一高等学校の北裏を歩いて、ふと樒屋の店の鎖されているのに気が付いたので、近隣の古本屋をおとずれて、翁媼の消息を聞いた。翁は四月頃に先ず死し、まだ百箇日の過ぎぬ間に、媼も踵・・・ 森鴎外 「細木香以」
・・・このような談笑の話と、先日高田が来たときの話とを綜合してみた彼の経歴は、二十一歳の青年にしては複雑であった。中学は首席で柔道は初段、数学の検定を四年のときにとった彼は、すぐまた一高の理科に入学した。二年のとき数学上の意見の違いで教師と争い退・・・ 横光利一 「微笑」
出典:青空文庫