・・・「祖母さんのことだから他の人には言えないけれど……そら先達貴姉の来ていらしゃった時、祖母さんがあんな妙なことを言ったでしょう。処が十日ばかり前に小石川から来て私に妾になれと言わないばかりなのよ、あのお前の思案一つでお梅や源ちゃんにも衣服・・・ 国木田独歩 「二少女」
・・・したならば、後の同路を辿るものに取って障礙となるとも利益とはなっていなかったでしょうが、立意は新鮮で、用意は周到であった其一段が甚だ宜しくって腐気と厭味と生煮とを離れたため、後の同路を辿るもののために先達となった体になったのでありましょう。・・・ 幸田露伴 「言語体の文章と浮雲」
・・・いけんあたりとか聞いたが、今でも百姓が冬の農暇になると、鋤鍬を用意して先達を先に立てて、あちこちの古い墓を捜しまわって、いわゆる掘出し物かせぎをするという噂を聞いた。虚談ではないらしい。日本でも時飛んでもないことをする者があって、先年西の方・・・ 幸田露伴 「骨董」
・・・女房の方では少しもそんなことは知らないでいたが、先達ある馬方が、饅頭の借りを払ったとか払わないとかでその女房に口論をしかけて、「ええ、この狐め」「何でわしが狐かい」「狐じゃい。知らんのか。鏡を出してこの招牌と較べてみい。間抜けめ・・・ 鈴木三重吉 「千鳥」
・・・ しかし案内者や先達の中には、自己のオーソリティに対する信念から割り出された親切から個々の旅行者の自由な観照を抑制する者もないとは言われない。旅行者が特別な興味をもつ対象の前にしばらく歩を止めようとするのを、そんなものはつまらないから見・・・ 寺田寅彦 「案内者」
・・・あらゆる方面の文化の先達となるためには、なるだけの根底を作らなくては無理ではあるまいか。 このような考えから私の「実験」は一つの夢のような大新聞の設立に移って行った。 この社の主脳を形成するものは、あらゆる官庁学校商社のみならず・・・ 寺田寅彦 「一つの思考実験」
・・・芭蕉のごときこの道の大先達はおそらくこの点をかなりまで判然と意識していて、そうしてこれらの悪句を巧みに拾い上げて插入し活用したのかもしれない。試みにこれらのへんな句やいやな句を抹殺してそれを美しいやさしいさびしおりにみちた句ばかりに作り変え・・・ 寺田寅彦 「連句雑俎」
・・・畢竟婦人の罪とのみ言う可らず、社会の先達たる学者教育家の不深切と、政府の筋の無学不注意に由来することゝ知る可し。一 教育の進歩と共に婦人が身柄にあるまじきことを饒舌り、甚だしきは奇怪千万なる語を用いて平気なるは、浅見自から知らざるの罪に・・・ 福沢諭吉 「新女大学」
・・・ そうすると、先達ってうちから身重になったところが、それを種にして嫁を出してやろうと謀んで、自分の娘とぐるになって、息子あてに、中傷の手紙を無名で出した。「お前の嫁は、作男ととんでもない事をしてその種を宿して居る。 お前のほ・・・ 宮本百合子 「栄蔵の死」
・・・ 真先に屋根から降りる先達は、どの雀がつとめるだろう。 庭へついと、遠い遠い彼方の空の高みから、一羽の小鳥が飛んで来た。すっと、軽捷な線を描いて、傍の檜葉の梢に止った。一枝群を離れて冲って居る緑の頂上に鷹を小型にしたような力強い頭か・・・ 宮本百合子 「餌」
出典:青空文庫