・・・大きな台の上で、男が、三人も並んで、ぴかぴか光る庖丁で鶏の肉を裂き、骨をたたき折っていました。真っ赤な血が、台の上に流れていました。その台の下には、かごの中で他の鶏が餌を食べて遊んでいました。 鳥屋の前に、二人の学生が立って、ちょっとそ・・・ 小川未明 「あらしの前の木と鳥の会話」
・・・月の光を浴びて身辺処々燦たる照返を見するのは釦紐か武具の光るのであろう。はてな、此奴死骸かな。それとも負傷者かな? 何方でも関わん。おれは臥る…… いやいや如何考えてみても其様な筈がない。味方は何処へ往ったのでもない。此処に居るに相・・・ 著:ガールシンフセヴォロド・ミハイロヴィチ 訳:二葉亭四迷 「四日間」
・・・ 夜光虫が美しく光る海を前にして、K君はその不思議な謂われをぼちぼち話してくれました。 影ほど不思議なものはないとK君は言いました。君もやってみれば、必ず経験するだろう。影をじーっと視凝めておると、そのなかにだんだん生物の相があらわ・・・ 梶井基次郎 「Kの昇天」
・・・彼人だってどんな具合でここへ漂って来まいものでもない、』など思いつづけて坂の上まで来て下町の方を見下ろすと、夜は暗く霧は重く、ちょうどはてのない沼のようでところどころに光る燈火が燐の燃えるように怪しい光を放ちて明滅していた。『彼人とはだ・・・ 国木田独歩 「まぼろし」
一 鼻が凍てつくような寒い風が吹きぬけて行った。 村は、すっかり雪に蔽われていた。街路樹も、丘も、家も。そこは、白く、まぶしく光る雪ばかりであった。 丘の中ほどのある農家の前に、一台の橇が乗り捨・・・ 黒島伝治 「橇」
・・・た末に女房の帯を質屋へたたき込んで出す税とは訳が違う金なのだから、同じ税でも所得税なぞは、道成寺ではないが、かねに恨が数ござる、思えばこのかね恨めしやの税で、こっちの高慢税の如きは、金と花火は飛出す時光る、花火のように美しい勢の好い税で、出・・・ 幸田露伴 「骨董」
・・・日を受けて光る冬の緑葉には言うに言われぬかがやきがあって、密集した葉と葉の間からは大きな蕾が顔を出して居た。何かの深い微笑のように咲くあの椿の花の中には霜の来る前に早や開落したのさえあった。「冬」は私に八つ手の樹を指して見せた。そこには・・・ 島崎藤村 「三人の訪問者」
・・・ そのうちにウイリイは、ふと、向うの方に何かきらきら光るものが落ちているのに目をとめました。それは金のような光のある、一まいの鳥の羽根でした。ウイリイは、めずらしい羽根だからひろっていこうと思って、馬から下りようとしました。すると馬が止・・・ 鈴木三重吉 「黄金鳥」
・・・久留米絣に、白っぽい縞の、短い袴をはいて、それから長い靴下、編上のピカピカ光る黒い靴。それからマント。父はすでに歿し、母は病身ゆえ、少年の身のまわり一切は、やさしい嫂の心づくしでした。少年は、嫂に怜悧に甘えて、むりやりシャツの襟を大きくして・・・ 太宰治 「おしゃれ童子」
・・・朝日が美しく野の農夫の鋤の刃に光る。 「もし、もし、もし」 と男は韻を押んだように再び叫んだ。 で、娘も振り返る。見るとその男は両手を高く挙げて、こっちを向いておもしろい恰好をしている。ふと、気がついて、頭に手をやると、留針がな・・・ 田山花袋 「少女病」
出典:青空文庫