・・・ちょうど生埋めにせられた人が光明を求め空気を求めると同じ事でございます。 わたくしは突然今の夫を棄てて、パリイへ出て、昔あなたのおいでになる日の午後を待っていたように、パリイであなたが折々おいで下さるのを楽しみにして暮らそうと思い立ちま・・・ 著:プレヴォーマルセル 訳:森鴎外 「田舎」
・・・また旅をするようになってから、ある時は全世界が輝き渡って薔薇の花が咲き、鐘の声が聞えて余所の光明に照されながら酔心地になっていた事がある。そういう時はあらゆる物事が身に近く手に取るように思われて己も生きた世界の中の生きた一人と感じたものだ。・・・ 著:ホーフマンスタールフーゴー・フォン 訳:森鴎外 「痴人と死と」
・・・歌界の前途には光明が輝いで居る、と我も人もいう。 本をひろげて冕の図や日蔭のかずらの編んである図などを見た。それについてまた簡単な趣味と複雑な趣味との議論が起った。 夜が更けて熱がさめたので暇乞して帰途に就いた。空には星が輝いて居る・・・ 正岡子規 「車上の春光」
・・・乗合一同皆思案にくれて居る中、午後四時頃になって一道の光明は忽ち暗中に輝いて見えた。それは、上陸の許否は分らぬがとにかく、和田の岬の検疫所へ行く事を許されたという事であった。上陸せんまでも、泊って居るよりは動いて居る方が善いというのは船中の・・・ 正岡子規 「病」
・・・唯願うらくはかの如来大慈大悲我が小願の中に於て大神力を現じ給い妄言綺語の淤泥を化して光明顕色の浄瑠璃となし、浮華の中より清浄の青蓮華を開かしめ給わんことを。至心欲願、南無仏南無仏南無仏。 爾の時に疾翔大力、爾迦夷に告げて曰く、諦に聴け諦・・・ 宮沢賢治 「二十六夜」
・・・ 恋愛に面し、人によって、そとから、人生の明るい半面のみを感じ得る者、又消極のみを感じ得る者、消極を先ず見、後、そこを通して奇異な光明を認める者、等の差、類があるのではあるまいか。 彼の恋愛は、始めのものから、所謂不幸なものであった・・・ 宮本百合子 「有島武郎の死によせて」
・・・と「学問の光明」のために忍従していよいよ教師となった彼は、「希望と理想と満足とがひとりでに胸をしめ上げて来る」という状態で就任する。ところが「教員生活の最初の下劣さ」として、先輩教員らのへつらい屈伏を目撃し二宮金次郎の話をして児童から「私は・・・ 宮本百合子 「一連の非プロレタリア的作品」
・・・女のような声ではあったが、それに強い信念が籠っていたので、一座のものの胸を、暗黒な前途を照らす光明のように照らした。 「どりゃ。おっ母さんに言うて、女子たちに暇乞いをさしょうか」こう言って権兵衛が席を起った。 従四位下侍従兼肥後・・・ 森鴎外 「阿部一族」
・・・僕は人間の前途に光明を見て進んで行く。祖先の霊があるかのように背後を顧みて、祖先崇拝をして、義務があるかのように、徳義の道を踏んで、前途に光明を見て進んで行く。そうして見れば、僕は事実上極蒙昧な、極従順な、山の中の百姓と、なんの択ぶ所もない・・・ 森鴎外 「かのように」
・・・そして生の渦巻の内から一道の光明を我々に投げ掛ける。 ストリンドベルヒに至っては、その深さと鋭さにおいて――簡素と充実とにおいて近代に比肩し得るものがない。また心理と自然と社会との観察者としても、ロシアの巨人の塁を摩する。彼もまた「人間・・・ 和辻哲郎 「生きること作ること」
出典:青空文庫