・・・西瓜などは日表が甘いというが、外の菓物にも太陽の光線との関係が多いであろう。○くだものの鑑定 皮の青いのが酸くて、赤いのが甘いという位は誰れにもわかる。林檎のように種類の多いものは皮の色を見て味を判定することが出来ぬが、ただ緑色の交って・・・ 正岡子規 「くだもの」
・・・それに太陽の光線は赭くたいへん足が疲れたのだ。どうもおかしいと思いながらふと気がついて立ちどまったらなんだか足が柔らかな泥に吸われているようだ。堅い頁岩の筈だったと思って楢ノ木大学士はうしろを向いた。そし・・・ 宮沢賢治 「楢ノ木大学士の野宿」
一面、かなり深い秋霧が降りて水を流した様なゆるい傾斜のトタン屋根に星がまたたく。 隣の家の塀内にある桜の並木が、霧と光線の工合で、花時分の通りの美くしい形に見える。 白いサヤサヤと私が通ると左右に分れる音の聞える様・・・ 宮本百合子 「秋霧」
・・・東京にいた時、光線の反射を利用して、卓の上に載せた首が物を言うように思わせる見世物を見たことがあった。あれは見世物師が余り prtentieux であったので、こっちの反感を起して面白くなかった。あれよりは此方が余程面白い。石田はこんなこと・・・ 森鴎外 「鶏」
・・・極明るい、薔薇色の光線である。人間を長い間その中に据わらせておいて、悪い性質を抜け出させるのである。 ツァウォツキイはだんだん光線に慣れて来て、自分の体の中が次第に浄くなるように感じた。心の臓も浄くなったので、いろんな事を思い出して、そ・・・ 著:モルナールフェレンツ 訳:森鴎外 「破落戸の昇天」
・・・ はや下ななつさがりだろう、日は函根の山の端に近寄ッて儀式とおり茜色の光線を吐き始めると末野はすこしずつ薄樺の隈を加えて、遠山も、毒でも飲んだかだんだんと紫になり、原の果てには夕暮の蒸発気がしきりに逃水をこしらえている。ころは秋。そここ・・・ 山田美妙 「武蔵野」
・・・二人にとって、時間は最早愛情では伸縮せず、ただ二人の眼と眼の空間に明暗を与える太陽の光線の変化となって、露骨に現われているだけにすぎなかった。それは静かな真空のような虚無であった。彼には横たわっている妻の顔が、その傍の薬台や盆のように、一個・・・ 横光利一 「花園の思想」
・・・更けても暗くはならない、此頃の六月の夜の薄明りの、褪めたような色の光線にも、また翌日の朝焼けまで微かに光り止まない、空想的な、不思議に優しい調子の、薄色の夕日の景色にも、また暴風の来そうな、薄黒い空の下で、銀鼠色に光っている海にも、また海岸・・・ 著:ランドハンス 訳:森鴎外 「冬の王」
・・・勿論何のことか判然聞取なかったんですが、ある時茜さす夕日の光線が樅の木を大きな篝火にして、それから枝を通して薄暗い松の大木にもたれていらっしゃる奥さまのまわりを眩く輝かさせた残りで、お着衣の辺を、狂い廻り、ついでに落葉を一と燃させて行頃何か・・・ 若松賤子 「忘れ形見」
・・・氏はそれを半ばぼかした屋根や廂にも、麦をふるう人物の囲りの微妙な光線にも、前景のしおらしい草花にも、もしくは庭や垣根や重なった屋根などの全体の構図にも、くまなく行きわたらせた。柔らかで細かい、静かで淡い全体の調子も、この動機を力強く生かせて・・・ 和辻哲郎 「院展日本画所感」
出典:青空文庫