・・・旧い街道の跡が一筋目につくところまで進んで行くと、そこはもう私の郷里の入り口だ。途中で私は森さんという人の出迎えに来てくれるのにあった。森さんは太郎より七八歳ほども年長な友だちで、太郎が四年の農事見習いから新築の家の工事まで、ほとんどいっさ・・・ 島崎藤村 「嵐」
・・・ 私たちの家の入り口へ来て立つような貧困者も多くなった。きのうは一人来た。きょうは二人来たというふうに、困って来る人がどれほどあるかしれない。震災後は働きたいにも仕事がないと言って救いを求めるもの、私たちの家へ来るまでに二日も食わなかっ・・・ 島崎藤村 「分配」
・・・ おかあさんはまた入り口の階段を上ってみますと、はえしげった草の中に桃金嬢と白薔薇との花輪が置いてありましたが、花よめの持つのにしては大き過ぎて見えました。 それから露縁に上って案内をこうてみました。 答える人はありませんので住・・・ 著:ストリンドベリアウグスト 訳:有島武郎 「真夏の夢」
・・・その洋館の入り口には、酒保が今朝から店を開いているからすぐわかる。その奥に入って、寝ておれとのことだ。 渠はもう歩く勇気はなかった。銃と背嚢とを二人から受け取ったが、それを背負うと危く倒れそうになった。眼がぐらぐらする。胸がむかつく。脚・・・ 田山花袋 「一兵卒」
・・・工場の煙突や軒に現われるレコードのマーク。工場の入り口にある出勤登録器のダイアル。それから昼顔の花もかすかにこれに反映するものである。直線運動としては囚徒や職工の行列、工作台上の滑走台、ジュアンヌの机の前の壁を走り上る数字の列等が著しいモチ・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
・・・中途から退席して表へ出で入り口を見ると「満員御礼」とはり札がしてあった。「唐人お吉」にしても同様であった。 これらの邦劇映画を見て気のつくことは、第一に芝居の定型にとらわれ過ぎていることである、書き割りを背にして檜舞台を踏んでフートライ・・・ 寺田寅彦 「映画時代」
・・・それらの経験と実験の、すべての結果を整理し排列して最後にそれらから帰納して方則の入り口に達した。 文学は、そういう意味での「実験」として見ることはできないか。これが次に起こる疑問である。 実験としての文学と科学 ・・・ 寺田寅彦 「科学と文学」
・・・近ごろ見かけた珍しいものの一つとしてはサンスクリットで孔雀という意味の言葉を入り口の頭上の色ガラス窓にデワナガリー文字で現わしたのさえあった。ダミアンティやシャクンタラのような妖姫がサーヴするかと思わせるのもおもしろい。 こういうものの・・・ 寺田寅彦 「カメラをさげて」
・・・が安岡は作りつけられたように、片っ方の眼だけで便所の入り口を見張り続けた。 深谷は便所に入ると、ドアを五分ばかり閉め残して、そのすき間から薄暗い電燈に照らし出された、ガランとした埃だらけの長い廊下をのぞいていた。「やっぱり便所だった・・・ 葉山嘉樹 「死屍を食う男」
・・・そしてホモイは立って家の入り口の鈴蘭の葉さきから、大粒の露を六つほど取ってすっかりお顔を洗いました。 ホモイはごはんがすんでから、玉へ百遍息をふきかけ、それから百遍紅雀の毛でみがきました。そしてたいせつに紅雀のむな毛につつんで、今まで兎・・・ 宮沢賢治 「貝の火」
出典:青空文庫