・・・たった三里くらいの彼方のわが家も、こうした入江で距てられていると、ひどく遠いところのように思われたのであった。その後故郷を離れて熊本に住み、東京に移り、また二年半も欧米の地を遍歴したときでも、この中学時代の海水浴の折に感じたような郷愁を感じ・・・ 寺田寅彦 「海水浴」
・・・清長型、国貞型、ガルボ型、ディートリヒ型、入江型、夏川型等いろいろさまざまな日本婦人に可能な容貌の類型の標本を見学するには、こうした一様なユニフォームを着けた、そうしてまだ粉飾や媚態によって自然を隠蔽しない生地の相貌の収集され展観されている・・・ 寺田寅彦 「自由画稿」
・・・き御所を守身かな春惜む座主の連歌に召されけり命婦より牡丹餅たばす彼岸かな滝口に灯を呼ぶ声や春の雨よき人を宿す小家や朧月小冠者出て花見る人を咎めけり短夜や暇賜はる白拍子葛水や入江の御所に詣づれば稲葉殿の御茶たぶ・・・ 正岡子規 「俳人蕪村」
・・・山田五十鈴、入江たか子、それぞれ自分の容姿をある持ち味で活かす頭はもっているといえようが、日本の映画は歴史が若くて映画としての世界が狭かったためか、女優のあたまにしろ感情にしろ、まだ奥が浅いと思う。このことには、日本の女の生活全体の歴史も反・・・ 宮本百合子 「映画女優の知性」
・・・樹木なんぞこんなに細そり、山は円く、入江の多い、こまやかな景色の処と考えるだろうか。私は滑稽なことだが九州というと、線の太い、何処か毛むくじゃらなところがある土地のように思っていたから、自然でも随分思いがけぬ優しさ、明るさにおどろいた。雪の・・・ 宮本百合子 「九州の東海岸」
・・・海はここの下で入江になって居て、巖壁に穿たれた夥しい生簀の水に、淡い月の光と大洋の濤が暗く響いて来た。 裏手の障子をあけるとそこも直ぐ巖であった。その巖に葛の花が上の崖から垂れて居た。葛の花は終夜、砂地に立つ電燈の光を受けた。〔一九・・・ 宮本百合子 「黒い驢馬と白い山羊」
・・・非常にうるおいあり情趣あるリアリズムの画で、北の海フィンランド辺の海の入江の雨後の感じが活きて居ります。フィンランド辺の海は真夏でもキラキラする海面の碧い反射はなくて、どちらかというと灰色っぽく浅瀬が遠く、低く松などあって、寂しさがある。波・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
・・・また遠く入江を包んだ二本の岬は花園を抱いた黒い腕のように曲っていた。そうして、水平線は遙か一髪の光った毛のように月に向って膨らみながら花壇の上で浮いていた。 こういうとき、彼は絶えず火を消して眠っている病舎の方を振り返るのが癖である。す・・・ 横光利一 「花園の思想」
出典:青空文庫