・・・胎児がまだ残っているらしいから手術をして、そしてしばらく入院させたほうがいいという事であった。 十日ばかりの入院中を毎日のようにかわるがわる子供らが見舞いに行った。それが帰って来ると、三毛の様子がどういうふうであったかを聞いてみるが、い・・・ 寺田寅彦 「子猫」
・・・ 三 眼を煩らって入院している人に何か適当な見舞の品はないかと考えてみた。両眼に繃帯をしているのだから、視覚に訴えるものは慰みにはならない。 しかし例えば香の好い花などはどんなものだろうと思った。 花・・・ 寺田寅彦 「断片(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
・・・いくら猫でもそれは残酷な事で不愉快であったが、追放の衆議の圧迫に負けてしまってとうとう入院させて手術を受けさせた。 手術後目立っておとなしく上品にはなったが、なんとなく影の薄い存在となったようである。それからまもなくある日縁側で倒れて気・・・ 寺田寅彦 「備忘録」
・・・その看護婦が受持の室の茶器を洗いに来て、例の通り挨拶をしながら、しばらく自分の手にした朱泥の鉢と、その中に盛り上げられたように膨れて見える珠根を眺めていたが、やがてその眼を自分の横顔に移して、この前御入院の時よりもうずっと御顔色が好くなりま・・・ 夏目漱石 「変な音」
・・・ 明治廿八年の五月の末から余は神戸病院に入院して居った。この時虚子が来てくれてその後碧梧桐も来てくれて看護の手は充分に届いたのであるが、余は非常な衰弱で一杯の牛乳も一杯のソップも飲む事が出来なんだ。そこで医者の許しを得て、少しばかりのい・・・ 正岡子規 「くだもの」
・・・丁度灯ともし頃神戸病院へ著いた。入院の手続は連の人が既にしてくれたので直に二階のある一室へ這入った。二等室というので余り広くはないが白壁は奇麗で天井は二間ほどの高さもある。三尺ばかりの高さほかない船室に寐て居た身はここへ来て非常の愉快を感じ・・・ 正岡子規 「病」
・・・ある婦人雑誌では某作家が横浜の特殊な病院へ入院中の夜の娘たちを訪問して座談会をしている。よこずわりの娘たちは某作家から、あなたがたは第一線の花形です、とたたえられている。せめて毒のない花になってほしい、とはげまされている。それに答える娘たち・・・ 宮本百合子 「偽りのない文化を」
・・・ 毎月一週間ずつ入院して、病のある骨盤に注射をしたり、膿を取ったりしなければならないので、かなりの物が入る。 金ばなれの悪い姑から出してもらう事は、いかにも心苦しいと云った。「そらなあ、 お大尽はんやあらへんさかい辛うお・・・ 宮本百合子 「栄蔵の死」
・・・帰国の承諾を得た所経過宜しからず入院の由を聞く。気の毒千万也。大阪朝日十万円で社を新築すと素川よりきく。妻が寅彦の所へ餞別をもつて行く。シャツ、ヅボン下、鰻の罐詰、茶、海苔等なり。電話にて春陽堂へ『文学論評』の送付を促がす。売切の由答あり。・・・ 宮本百合子 「含蓄ある歳月」
・・・御馳走になるから云うのではないが、なかなか好い細君だよ。入院している子供は皆懐いている。好く世話をして遣るそうだ。ただおりおり御託宣があるのだ。」 寧国寺さんは、主人と顔を見合せて、不断の微笑を浮べて聞いていたが、「お休なさい」と云って・・・ 森鴎外 「独身」
出典:青空文庫