・・・ 書かれた感想の中に母の性格が全幅的に反映している事はもとよりであるが、子として更に懐かしい一人の婦人としての母の或る力は、雑多な困難と闘いながら一つの旅日記にせよ、よく最後まで書きとおした一事にこもっていると思われるのである。母は楽ん・・・ 宮本百合子 「葭の影にそえて」
・・・ 母の力とその誇りについて、私たち女が全幅にそれをわが現実として肯定したく思っていることは疑いようもないと思う。だけれども、女がほんとに社会的な力量完備した母である自分を見出すということは、今日誰もが到達している境地だとはいえなかろう。・・・ 宮本百合子 「若い母親」
・・・それだからどうぞ殿様に殉死を許して戴こうという願望は、何物の障礙をもこうむらずにこの男の意志の全幅を領していたのである。 しばらくして長十郎は両手で持っている殿様の足に力がはいって少し踏み伸ばされるように感じた。これはまただるくおなりに・・・ 森鴎外 「阿部一族」
・・・ 翁は病人を見ている間は、全幅の精神を以て病人を見ている。そしてその病人が軽かろうが重かろうが、鼻風だろうが必死の病だろうが、同じ態度でこれに対している。盆栽を翫んでいる時もその通りである。茶を啜っている時もその通りである。 花房学・・・ 森鴎外 「カズイスチカ」
出典:青空文庫