・・・ 何を措いても児童たちに、理想社会の全貌を彷彿させることが肝要であり、また芸術や、教育の任務でなければなりません。そして、児童の読物に於ては、誤れる現実の喜悲を清算して、真にこれを感じて尊重しなければならぬ人類の名誉、幸福のいかなるもの・・・ 小川未明 「童話を書く時の心」
・・・後の銃後と相俟って、旅順攻囲の終始が記録的に、しかも、自分一個の経験だけでなく、軍事的知識と見聞をかき集めて、戦線を全貌的に描き出そうと努めてある。しかも、多くを書いてあるのに、視野は広いとは云えないし、自由でもない。客観的な現実はそのまゝ・・・ 黒島伝治 「明治の戦争文学」
・・・三つ、四つと紹介をしているうちに、読者にも、黄村先生の人格の全貌 黄村先生が、山椒魚なんて変なものに凝りはじめた事に就いては、私にも多少の責在りとせざるを得ない。早春の或る日、黄村先生はれいのハンチング(ばかに派手な格子縞そのハンチング・・・ 太宰治 「黄村先生言行録」
・・・ というのが、私の小説の全貌なのでありますが、もとより之は、HERBERT EULENBERG 氏の原作の、許しがたい冒涜であります。原作者オイレンベルグ氏は、決して私のこれまで述べて来たような、悪徳の芸術家では、ありません。それは、前・・・ 太宰治 「女の決闘」
はるばると海を越えて、この島に着いたときの私の憂愁を思い給え。夜なのか昼なのか、島は深い霧に包まれて眠っていた。私は眼をしばたたいて、島の全貌を見すかそうと努めたのである。裸の大きい岩が急な勾配を作っていくつもいくつも積み・・・ 太宰治 「猿ヶ島」
・・・私の優しさは、私の全貌を加減せずに学生たちに見せてやる事なのだ。私は、いまは責任を感じている。私のところへ来る人を、ひとりでも堕落させてはならぬと念じている。私が最後の審判の台に立たされた時、たった一つ、「けれども私は、私と附き合った人をひ・・・ 太宰治 「新郎」
・・・ 最後の隧道を抜けていよいよ上高地の関門をくぐったとき一番に自分の眼に映じた美しい見ものは、昔から写真でお馴染の大正池の眺めではなくて、恰度その時雲の霽間にその全貌を現わした焼岳の姿と色彩とであった。 大正年間の大噴火に押し出した泥・・・ 寺田寅彦 「雨の上高地」
・・・ ソヴェトの文学的生産は、社会生活の全貌を変えた五ヵ年計画と結びついて、発展の道についた。しかしながら、その衝撃的テンポは自ら石油の生産経済計画遂行の衝撃的テンポと同一ではあり得ないのであった。 一九三〇年の党大会後「ラップ」が自己・・・ 宮本百合子 「五ヵ年計画とソヴェトの芸術」
・・・フランスの文化運動の全貌に関する一般文化人の常識は、謂わば種本の数の尠なさに比例した狭さであったから、「行動のヒューマニズム」に就ても、上述のような紹介の角度によって、さながら新たなヒューマニズムの内容は、非人間的暴力に反対するという一般傾・・・ 宮本百合子 「今日の文学の展望」
・・・しかし、そのような気分が心理の一面に或る程度あるにしろそれが私たちの全貌であろうか。況んや、私たちの生存を貫く建設能力、人間らしく生きる才能の核心であり、その推進の力であり得るだろうか。俗悪出版企業者は、現代の心理の一面を、誇張し、煽情し、・・・ 宮本百合子 「商売は道によってかしこし」
出典:青空文庫