・・・三界六道の教主、十方最勝、光明無量、三学無碍、億億衆生引導の能化、南無大慈大悲釈迦牟尼如来も、三十二相八十種好の御姿は、時代ごとにいろいろ御変りになった。御仏でももしそうとすれば、如何かこれ美人と云う事も、時代ごとにやはり違う筈じゃ。都でも・・・ 芥川竜之介 「俊寛」
・・・ 釈迦如来は勿論三界六道の教主、十方最勝、光明無礙、億々衆生平等引導の能化である。けれどもその何ものたるかは尼提の知っているところではない。ただ彼の知っているのはこの舎衛国の波斯匿王さえ如来の前には臣下のように礼拝すると言うことだけであ・・・ 芥川竜之介 「尼提」
・・・ 往来留の提灯はもう消したが、一筋、両側の家の戸を鎖した、寂しい町の真中に、六道の辻の通しるべに、鬼が植えた鉄棒のごとく標の残った、縁日果てた番町通。なだれに帯板へ下りようとする角の処で、頬被した半纏着が一人、右側の廂が下った小家の軒下・・・ 泉鏡花 「菎蒻本」
・・・のゆるんだ者か、そのお寺の門前ではたと倒れた、それを如何にも残念と思うた様子で、喘ぎ喘ぎ頭を挙げて見ると、目の前に鼻の欠けた地蔵様が立ってござるので、その地蔵様に向いて、未来は必ず人間界に行かれるよう六道の辻へ目じるしの札を立てて下さいませ・・・ 正岡子規 「犬」
出典:青空文庫