・・・私はそれを、露草の花が青空や海と共通の色を持っているところから起る一種の錯覚だと快く信じているのであるが、見えない水音の醸し出す魅惑はそれにどこか似通っていた。 すばしこく枝移りする小鳥のような不定さは私をいらだたせた。蜃気楼のようなは・・・ 梶井基次郎 「筧の話」
・・・ことに大槻は作家を志望していて、茫洋とした研究に乗り出した行一になにか共通した刺激を感じるのだった。「どうだい、で、研究所の方は?」「まあぼちぼちだ」「落ちついているね」「例のところでまだ引っ掛かってるんだ。今度の学会で先生・・・ 梶井基次郎 「雪後」
・・・ 私のこの稿は専門の倫理学者になる青年のためではなく、一般に人間教養としての倫理学研究のためであるが、人間の倫理的疑問及びその解決法は人と所と時とによって多様であるように見えても、自ら、きまった、共通なものである。まずその概観を得るがい・・・ 倉田百三 「学生と教養」
・・・男ひじりと女ひじりともに住みたまふみ山はあれか筑波こほしも 二人の中に共通の道を持ち、事業を持ち、それによって燃え上る恋もまた美しい。ひとつに融け合う夫婦生活は尊い。ブース夫婦。ガンジー夫婦。リープクネヒト夫婦。孫文夫婦。乃・・・ 倉田百三 「女性の諸問題」
・・・老人は、鮮人に共通した意気の揚らない顔と、表情とを持っていた。彼は鮮人と云えば、皆同じようなプロフィルと表情を持っているとしか見えない位い、滅多に接近したことがなかった。彼等の顔には等しく、忍従した上に忍従して屈辱を受けつゞけた人間の沈鬱さ・・・ 黒島伝治 「穴」
・・・自然主義文学に共通の特色をなす、全体的なことを書きながらも、その中の個の追求が、こゝでも主眼となっている。幾分、地主的匂いがたゞよっている。 一兵卒の死の原因にしても、長途の行軍から持病の脚気が昂進したという程度で、それ以上、その原因を・・・ 黒島伝治 「明治の戦争文学」
・・・彼に話しが出来ることが、却って二人の間にちっとも共通な言葉をなくして仕舞っていたからです。 その仲間と云うのは、ゴサインと云う家の末息子で、プラタプと云う懶け者でした。彼の両親は、長い間散々種々やって見た揚句、到頭、彼もいつかは一人前の・・・ 著:タゴールラビンドラナート 訳:宮本百合子 「唖娘スバー」
・・・自身の罪の意識の強さは、天才たちに共通の顕著な特色のようであります。あなたにとって、一日一日の生活は、自身への刑罰の加重以外に、意味が無かったようでありました。午前一ぱいを生き切る事さえ、あなたにとっては、大仕事のようでありました。私は、「・・・ 太宰治 「風の便り」
・・・一緒に依頼した共通の友人、菊地千秋君にも、その他の諸君にも、みんな同文のものを書いただけだ。君にだけ特別個人的に書けばよかったのであろうが、そういう時間がなかったことは前述の通りだ。あの依頼の手紙を書いて、君の気持を害う結果になろうとは夢に・・・ 太宰治 「虚構の春」
・・・ところがこの英国の新聞記者も同じような事を云っているのを見ると、この印象はいくらか共通なものかもしれない。実際彼のような破天荒の仕事は、「夢」を見ない種類の人には思い付きそうに思われない。しかしただ夢を見るだけでは物にならない。夢の国に論理・・・ 寺田寅彦 「アインシュタイン」
出典:青空文庫