・・・ 唖々子はかつて硯友社諸家の文章の疵累を指したように、当世人の好んで使用する流行語について、例えば発展、共鳴、節約、裏切る、宣伝というが如き、その出所の多くは西洋語の翻訳に基くものにして、吾人の耳に甚快らぬ響を伝うるものを列挙しはじめた・・・ 永井荷風 「十日の菊」
・・・ 京都へ来た初頃には、私は大にベルグソンに共鳴していた。私が始めてベルグソンを知ったのは、まだ四高にいた頃であった。その頃はベルグソンという名は、まだ世の中に知られていない頃であって、私もその如何なる人かを知らなかった。ただその頃私・・・ 西田幾多郎 「フランス哲学についての感想」
・・・ 作品にその二つが調和して現れた場合、ひとは、ムシャ氏の頼もしさとは又違う種類の共鳴、鼓舞、人生のよりよき半面への渇仰を抱かせられたのだ。 彼は、学識と伝統的なセルフレストレーンの力で、先ずハートに感じるものを、頭の力で整理したと云・・・ 宮本百合子 「有島武郎の死によせて」
・・・彼は自分の美しい若い妻を、女に知識は必要ないという主義で馴らしていたから、アンネットの裡に全然別種な、自分と共鳴することによって異常な興味を呼び醒された一箇の女性を発見したのであった。 この恋愛も破滅した。原因は、男の強大な主我主義と肉・・・ 宮本百合子 「アンネット」
・・・ カターエフに云わせれば、富農の妻が集団農場組織のために派遣された指導者に共鳴し、好意を持ち夫と対立する現象も根柢は女の正しい階級意識から出ているものだと云うのだろうが、実際の効果においてはそうみとめられない。 たださえ集団農場化に・・・ 宮本百合子 「インターナショナルとともに」
・・・という標語は、それなり直ちに能動精神、行動主義文学、ロマン主義者の間へ共鳴を生じ、一九三六年の文学の分野は、前年にない評論的活動を見た。しかも、理論への情熱は主観的に高揚されて、謂わば各人各様の説を感想として主張し、そのことに於て日本のヒュ・・・ 宮本百合子 「今日の文学の展望」
・・・ 自分の夫人でありながら、自分の仕事には一向共鳴を感じてくれない自分の人。魂を激しい愛――愛と云うものを理解した愛――でインスパイアしてくれるどころか、只怠いくつな寄生虫となって、無表情の顔を永遠の墓場まで並べて行かなければならない――・・・ 宮本百合子 「C先生への手紙」
・・・そのためにはあらゆる種類の物象に対して常に生命の共鳴を感じ得るほどに自己の生命が広く豊かでなくてはならない。 木下杢太郎はその享楽の力の広汎豊富な点において確かに現代に傑出した男である。彼はその触れる物象に対して類まれなほど活発に反応す・・・ 和辻哲郎 「享楽人」
・・・しかし私は自分の内に彼らと共鳴するもののあったことを――今なおあることを拒むことができない。それゆえになおさらその記憶が私を苦しめる。かつて私はあの傾向に全然打ち敗けていたに相違なかった。 けれどもまた彼らから断然冷ややかに遠のいた記憶・・・ 和辻哲郎 「転向」
・・・人格の共鳴なき信は水の面の字である。犠牲心なき忠は偽善である。 現代の道徳は霊的根底を超越して偽善を奨励す。冷ややけき顔に自ら「理性の権化」と銘する人はこの偽善を社会に強い、この虚礼をもって人生を清くせんとす。人生は厳格である。人間の向・・・ 和辻哲郎 「霊的本能主義」
出典:青空文庫