・・・ 真岡浴衣に兵児帯姿の自分は、こっそりその机をかかえこみ、二畳の妙な小室へ引っこんだ。ツルツルの西洋紙を、何枚も菊半截ぐらいの大さに切って木炭紙へケシの花を自分で描いて表紙とし、桃色の布でとじた。そこへ、筆で毎日何か書いて行った。 ・・・ 宮本百合子 「「処女作」より前の処女作」
・・・瀧田氏は、ぐるぐる兵児帯を巻きつけた風で、その前に立ち、「どうです、これはいいでしょう」と云った。筆の細かい、気品のある、穏雅な画面であった。「誰のです」「それが、私は××だと思うんですが、落款がないんです、手に入れた時、夏・・・ 宮本百合子 「狭い一側面」
・・・ ○下手な絵を描いて居た女、二十七八、メリンスの帯、鼻ぬけのような声 ○可愛いセルの着物、エプロン、黄色いちりめんの兵児帯の五つばかりの娘、年とった父親がつれて来て、茶店にやすみ、ゆっくりしてゆく。かえりに、白鬚のところで見ると、こ・・・ 宮本百合子 「一九二五年より一九二七年一月まで」
・・・ その頃もう白い髭であられた。兵児帯をゆるく巻きつけ、抑揚にとんだ声で、「ヤア、これは」というような言葉をかけられた。 母がどんな挨拶を申したか、私が何と申したのか今全く覚えていない。私は女学生の袴をはいて坐って、おそらくた・・・ 宮本百合子 「坪内先生について」
・・・絞りの筒っぽで、縮緬の兵児帯を尻の先にグルグル巻きにしている。「ストライキをやってるってえから……電車動いてるじゃないか」 その芸者は黙って、安全地帯の上から珍しそうに通って行くバスの中をのぞき込み「お父さん」何とかと、云っている。・・・ 宮本百合子 「電車の見えない電車通り」
・・・ そういう羽織を着て、体の半分をくるむような大前掛をかけて、帯は御免蒙って兵児帯である。迚もしゃんとした帯をしめて仕事をすることは出来ない。 急にお客様があったりして、私はいつもそのまま出るのだけれど、私のような働きの性質だと、どう・・・ 宮本百合子 「働くために」
・・・或る読売雑誌には、かっちゃんと呼んで断髪兵児帯姿の良子嬢をはったあんちゃんの一人が、いかにも町の若者らしい情感をもってかっちゃんがそこいらの女給などは夢にも知らぬカメラの話、ヨットの話、華美な夏の鎌倉の遊楽生活を話したりするをきいて、映画的・・・ 宮本百合子 「花のたより」
・・・藍子は窓枠に腰かけ、彼が兵児帯を前で結び、それをぐるりと後へ廻す、気忙しそうな様子を眺めた。「そんなこと云って、大蔵省いいんですか」「大丈夫です。不時収入があるんですから――……尤も私のはいつだって不時収入ですが……」 尾世川は・・・ 宮本百合子 「帆」
・・・寝巻の浴帷子を着たままで、兵児帯をぐるぐると巻いて、南側の裏縁に出た。南国の空は紺青いろに晴れていて、蜜柑の茂みを洩れる日が、きらきらした斑紋を、花壇の周囲の砂の上に印している。厩には馬の手入をする金櫛の音がしている。折々馬が足を踏み更える・・・ 森鴎外 「鶏」
・・・その中へ毎晩のように、容貌魁偉な大男が、湯帷子に兵児帯で、ぬっとはいって来るのを見る。これが陸軍少将畑閣下である。 畑は快男子である。戦略戦術の書を除く外、一切の書を読まない。浄瑠璃を聞いても、何をうなっているやらわからない。それが不思・・・ 森鴎外 「余興」
出典:青空文庫