・・・それは足を打ち貫かれた兵卒が、歩ける訳がないのに歩くのと同じだと思い込んでいた。そして、それは全く、全然同じとは云えないにしても、全然違ってもいなかった。 彼はベルの中絶した時に、導火線に完全に火を移し了えはした。 然し、彼が、痛い・・・ 葉山嘉樹 「坑夫の子」
・・・間、兵卒一同再び倒る。曹長(面「上官。私は決心いたしました。この饑餓陣営の中に於きましては最早私共の運命は定まってあります。戦争の為にでなく飢餓の為に全滅するばかりであります。かの巨大なるバナナン軍団のただ十六人の生存者われわれもまた死・・・ 宮沢賢治 「饑餓陣営」
・・・支那は今百余の県に労働兵卒ソヴェトをもっている。 ――うまく見つけたろ? 波止場まで七ルーブリだって。 もう明るい。電車はごくたまにしか通らず、人通りの少い、支那人とロシア人が半々に歩いている街を、馬車について行く。右手に、海が見え・・・ 宮本百合子 「新しきシベリアを横切る」
・・・幾万をもって数えられるかと思う白い墓標は、その土の下に埋った若者たちがまだ兵卒の服を着て銃を肩に笑ったり、苦しんだりしていたとき、号令に従って整列したように、白い不動の低い林となって列から列へと並んでいる。襟に真鍮の番号をつけられていたその・・・ 宮本百合子 「女靴の跡」
・・・生きながら姿で埋められた一人の兵卒の銃口が叢が茂った幾星霜の今日もなお現れていて、それを眺めた人々は思わずも惻隠の情をうごかされ、恐らくはそこに膝をついて、その銃口を撫でてやるのであろう。 茫々としたいら草の間にその小さい円い口は光りを・・・ 宮本百合子 「金色の口」
・・・ケレンスキーがそれを全露労働者兵卒ソヴェト中央執行委員会に貸した。二十五日の夜、徹宵この敷石道の上をオートバイが疾走し篝火がたかれ、正面階段の柱の間には装弾した機関銃が赤きコサック兵に守られて砲口を拱門へ向けていた。軍事革命委員会の本部だっ・・・ 宮本百合子 「スモーリヌイに翻る赤旗」
・・・一人の爺さんと、拝観に来たらしいカーキの兵卒がいる。私共は、永山氏からの名刺を通じた。「日本のお方か、西洋のお方か、どちらへやるかね」「どちらでもいいのです。――拝観出来れば……」 すると、爺さんは名刺をそのまま私にかえしながら・・・ 宮本百合子 「長崎の印象」
・・・で、戦争に勝つのはえらい大将やえらい参謀が勝たせるのではなくて、勇猛な兵卒が勝たせるのだとしてあれば、この観察の土台になっている個人主義を危険だとするのである。そんな風に穿鑿をすると同時に、老伯が素食をするのは、土地で好い牛肉が得られないか・・・ 森鴎外 「沈黙の塔」
・・・自分はどうしても兵卒の食う半分も食わない。お時婆あさんも春も兵卒ほど飯を食いそうにはない。石田は直にお時婆あさんの風炉敷包の事を思い出した。そして徐にノオトブックを将校行李の中へしまった。 八月になって、司令部のものもてんでに休暇を取る・・・ 森鴎外 「鶏」
・・・彼の眼前で彼の率いた一兵卒が、弾丸に撃ち抜かれて顛倒した。彼はその銃を拾い上げると、先登を切って敵陣の中へ突入した。彼に続いて一大隊が、一聯隊が、そうして敵軍は崩れ出した。ナポレオンの燦然たる栄光はその時から始まった。だが、彼の生涯を通して・・・ 横光利一 「ナポレオンと田虫」
出典:青空文庫