・・・ 一時間ばかり椅子でボンヤリしているうちに、伍長と、も一人の上等兵とは、兵舎で私の私物箱から背嚢、寝台、藁布団などを悉く引っくりかえして、くまなく調べていた。そればかりでなく、ほかの看護卒の、私物箱や、財布をも寝台の上に出させ、中に這入・・・ 黒島伝治 「穴」
・・・丘の上の木造の建物を占領して、そこにいる。兵舎の樋から落ちた水は、枯れた芝生の間をくぐって、谷間へ小さな急流をなして流れていた。 松木と武石との中隊が、行衛不明になった時、大隊長は、他の中隊を出して探索さした。大隊長は、心配そうな顔もし・・・ 黒島伝治 「渦巻ける烏の群」
・・・ 中隊の兵舎から、準備に緊張したあわただしい叫びや、叱咤する声がひびいて来た。「おい、もう帰ろうぜ。」安部が繰かえした。「どうせ行かなきゃならんのだ。」 空気が動いた。そして脂肪や、焦げパンや、腐った漬物の悪臭が、また新しく皆の・・・ 黒島伝治 「橇」
・・・負傷者が行くと、不自然な笑い方をして、帯皮を輪にしてさげた一人は急いで編上靴を漆喰に鳴らして兵舎の方へ走せて行った。 患者がいなくなるので朝から焚かなかった暖炉は、冷え切っていた。藁布団の上に畳んだ敷布と病衣は、身体に纒われて出来た小皺・・・ 黒島伝治 「氷河」
一 内地へ帰還する同年兵達を見送って、停車場から帰って来ると、二人は兵舎の寝台に横たわって、久しくものを言わずに溜息をついていた。これからなお一年間辛抱しなければ内地へ帰れないのだ。 二人は、過ぎて来・・・ 黒島伝治 「雪のシベリア」
・・・ 昭和二十年八月十五日正午に、私たちは兵舎の前の広場に整列させられて、そうして陛下みずからの御放送だという、ほとんど雑音に消されて何一つ聞きとれなかったラジオを聞かされ、そうして、それから、若い中尉がつかつかと壇上に駈けあがって、「・・・ 太宰治 「トカトントン」
・・・ 正門前で自動車から降りて、見ると、学校は渋柿色の木造建築で、低く、砂丘の陰に潜んでいる兵舎のようでありました。玄関傍の窓から、女の人の笑顔が三つ四つ、こちらを覗いているのに気が附きました。事務の人たちなのでありましょう。私は、もっとい・・・ 太宰治 「みみずく通信」
出典:青空文庫