・・・主人 何、竜じゃない、兵隊だそうだ。第一の農夫 わたしが魔法でも知っていれば、まっ先に御助け申すのだが、――主人 当り前さ、わたしも魔法を知っていれば、お前さんなどに任せて置きはしない。王子 よし心配するな! きっとわたしが・・・ 芥川竜之介 「三つの宝」
・・・自動車が動き出すとお前達は女中に勧められて兵隊のように挙手の礼をした。母上は笑って軽く頭を下げていた。お前たちは母上がその瞬間から永久にお前たちを離れてしまうとは思わなかったろう。不幸なものたちよ。 それからお前たちの母上が最後の気息を・・・ 有島武郎 「小さき者へ」
・・・ 引続いては兵隊饅頭、鶏卵入の滋養麺麭。……かるめら焼のお婆さんは、小さな店に鍋一つ、七つ五つ、孫の数ほど、ちょんぼりと並べて寂しい。 茶めし餡掛、一品料理、一番高い中空の赤行燈は、牛鍋の看板で、一山三銭二銭に鬻ぐ。蜜柑、林檎の水菓・・・ 泉鏡花 「露肆」
・・・い、ありがとう存じます、いやも幸いと孝行なせがれが一人おりまして、よう稼いでくれまして、おまえさん、こんな晩にゃ行火を抱いて寝ていられるもったいない身分でござりましたが、せがれはな、おまえさん、この秋兵隊に取られましたので、あとには嫁と孫が・・・ 泉鏡花 「夜行巡査」
・・・されば云うて、自分も兵隊はんの抜けがら――世間に借金の申し訳でないことさえ保証がつくなら、今、直ぐにでも、首くくって死んでしまいたい。」「君は、元から、厭世家であったが、なかなか直らないと見える。然し、君、戦争は厭世の極致だよ。世の中が・・・ 岩野泡鳴 「戦話」
・・・ そのとき思いがけなく、例の木島・梅沢・小山の乱暴者が三人でやってきて、「やい、こんなところでなにしているんだい、弱虫め、あっちへいって兵隊になれよ。」と、三人は口々にいって、無理に光治を引きたてて連れてゆこうといたしました。・・・ 小川未明 「どこで笛吹く」
・・・そこには両方の国から、ただ一人ずつの兵隊が派遣されて、国境を定めた石碑を守っていました。大きな国の兵士は老人でありました。そうして、小さな国の兵士は青年でありました。 二人は、石碑の建っている右と左に番をしていました。いたってさびしい山・・・ 小川未明 「野ばら」
・・・になることを免れた幸福な兵隊は一人もいなかった。 なお、彼は部下の顔を痰壺にする代りに、その痰壺の掃除をしてやるといわん許りに、彼の手を部下の顔へ持って行ったが、しかしその掃除のやり方は少し投げやりで乱暴であったから、かなり大きな音を立・・・ 織田作之助 「昨日・今日・明日」
・・・ 知人の家で話をしていると、表を子供たちが、「――兵隊さんのおかげです……」 という歌を、歌いながら通って行った。「皮肉な歌ですね。たしかに兵隊のおかげですよ」 町へ出ると、車内や駅や町角に、「一億特攻」だとか「神州・・・ 織田作之助 「終戦前後」
・・・ちょうど県下に陸軍の大演習があって、耕吉の家の前の国道を兵隊やら馬やらぞろぞろ通り過ぎていた。そうしたある朝耕吉は老父の村から汽車に乗り、一時間ばかりで鉱山行きの軽便鉄道に乗替えた。 例の玩具めいた感じのする小さな汽罐車は、礦石や石炭を・・・ 葛西善蔵 「贋物」
出典:青空文庫