・・・仁右衛門に不利益な色々な事情は色々に数え上げられたが、具体的な証拠は少しも上らないで夏がくれた。 秋の収穫時になるとまた雨が来た。乾燥が出来ないために、折角実ったものまで腐る始末だった。小作はわやわやと事務所に集って小作料割引の歎願をし・・・ 有島武郎 「カインの末裔」
・・・ けれどもこれら巨細にわたった施設に関しては、札幌農科大学経済部に依頼し、具体案を作製してもらうことになっていますから、それができ上がった時、諸君がそれを研究して、適当だと思ったらそれを採用されたなら、少なからず実際の上に便利でしょう。・・・ 有島武郎 「小作人への告別」
・・・事実の障礙を乗り越して或る要求を具体化しようとする。もし思想からこの特色を控除したら、おそらく思想の生命は半ば失われてしまうであろう。思想は事実を芸術化することである。歴史をその純粋な現われにまで還元することである。蛇行して達しうる人間の実・・・ 有島武郎 「広津氏に答う」
・・・ 鬼神力が具体的に吾人の前に現顕する時は、三つ目小僧ともなり、大入道ともなり、一本脚傘の化物ともなる。世にいわゆる妖怪変化の類は、すべてこれ鬼神力の具体的現前に外ならぬ。 鬼神力が三つ目小僧となり、大入道となるように、また観音力の微・・・ 泉鏡花 「おばけずきのいわれ少々と処女作」
・・・此れも極めて物質的、具体的のものをのみ云うのは褊狭ではあるまいか、吾人は何程立派な形体があればとて此れを取扱うに生命なき場合は、決してそれを現実とは思わないのである。此れに反し、縦令形体はなくとも作者の主観なり神経なりが通って居ればそれは現・・・ 小川未明 「絶望より生ずる文芸」
・・・これはね、曖眛な思想や信ずるに足りない体系に代るものとして、これだけは信ずるに足る具体性だと思ってやってるんですよ。人物を思想や心理で捉えるかわりに感覚で捉えようとする。左翼思想よりも、腹をへらしている人間のペコペコの感覚の方が信ずるに足る・・・ 織田作之助 「世相」
・・・そしてその具体的研究の第一着手は倫理的な問いから発足しなければならぬ。問いはすべての初めである。しかもまた問いはその解決でさえもあるのだ。ハイデッガーが「問いは何ものかへの問いとして『問われているもの』を持っている」といってるように、問いの・・・ 倉田百三 「学生と教養」
・・・努力をあまりつまずして具体的効果を得たいという、最もいとうべき考え方の傾向が必ずそれについで起こるものだ。そしていうまでもなく、社会はそうした傾向に対して最も冷淡に報いるものだ。彼らが社会的に輝やかしい地位をかち得ないのは当然である。 ・・・ 倉田百三 「学生と生活」
・・・われわれは具体的共同体、くにの中に生を得て、その維持に必要な衣食と精神文化とを供せられて成育するのである。共同体の基本は父母であり、氏族であり、血と土地と言語と風習と防敵とを共同にするところの、具体的単位がすなわちくになのである。共生という・・・ 倉田百三 「学生と先哲」
・・・それを親爺は理論的に説明することはよくしないが、具体的な実例によって、知っている僕は、たびたび親爺の話をきいたものだ。親爺も、僕達と同じようなことを考えている。だから、僕が、社会主義の話をしてきかせると、非常に嬉しがってきいている。親爺も、・・・ 黒島伝治 「小豆島」
出典:青空文庫