・・・そしてそのお婆さんが平常あんなに見えていても、その娘を親爺さんには内証で市民病院へ連れて行ったり、また娘が寝たきりになってからは単に薬をもらいに行ってやったりしたことがあるということを、あるときそのお婆さんが愚痴話に吉田の母親をつかまえて話・・・ 梶井基次郎 「のんきな患者」
・・・「しかし叔父さんにも叔母さんにも内証ですよ」と言って、徳二郎は歌いながら裏山に登ってしまった。 ころは夏の最中、月影さやかなる夜であった。僕は徳二郎のあとについて田んぼにいで、稲の香高きあぜ道を走って川の堤に出た。堤は一段高く、ここ・・・ 国木田独歩 「少年の悲哀」
・・・ 驚いた、それじゃお前さんが内証でお貸なの。嘘を吐きなさんな、嘘を。今蔵の奴必定三円位で追返せとか何とか言ったのだろう。だから自分は私を避けて出て行ったのだろう。可いよ、待ってるから。晩までだって待っていてやるから」「宅のは全く、全く知・・・ 国木田独歩 「酒中日記」
・・・憲兵が三等症にかゝって、病院へ内所で治療を受けに来ることは、珍らしくなかった。そんな時、彼等は、頭を下げ、笑顔を作って、看護卒の機嫌を取るようなことを云った。その態度は、掌を引っくりかえしたように、今、全然見られなかった。上等兵の表情には、・・・ 黒島伝治 「穴」
・・・母が、薪出しをしてためた金を内所で入れといてくれたのだろう。「おい、おい。お守りの中から金が出てきたが。」 吉永は嬉しそうに云った。「何だ。」「お守りの中から金が出てきたんだ。」「ほんとかい。」「嘘を云ったりするもん・・・ 黒島伝治 「渦巻ける烏の群」
・・・「小母さんも青木さんはあたしの内証の子なんだかもしれないなんて冗談をおっしゃるんですよ」「あ、いつか小母さんが指へ傷をしたというのはもう直ったのですか」「ええただナイフでちょっと切ったばかりなんですから」 二人はこのような話・・・ 鈴木三重吉 「千鳥」
・・・おふくろにも内緒で、こっそり夜学へかよっているんだ。偉くならなければ、いけないからな。姉さん、何がおかしいんだ。何を、そんなに笑うんだ。こう、姉さん。おらあな、いまに出征するんだ。そのときは、おどろくなよ。のんだくれの弟だって、人なみの働き・・・ 太宰治 「I can speak」
・・・あの人が私どもに今までお酒の代を払った事はありませんが、あのひとのかわりに、秋ちゃんが時々支払って行きますし、また、秋ちゃんの他にも、秋ちゃんに知られては困るらしい内緒の女のひともありまして、そのひとはどこかの奥さんのようで、そのひとも時た・・・ 太宰治 「ヴィヨンの妻」
・・・ 折々極親しい友達を呼んで来る。内証の宴会をする。それがまた愉快である。どうかすると盛んな酒盛になる。ドリスが色々な思附きをして興を添えてくれる。ドリスが端倪すべからず、涸渇することのない生活の喜びを持っているのが、こんな時にも発揮せら・・・ 著:ダビットヤーコプ・ユリウス 訳:森鴎外 「世界漫遊」
・・・学術的論文というものは審査委員だけが内証でこっそり眼を通して、そっと金庫にしまうか焼き棄てるものではない。ちゃんとどこかの公私の発表機関で発表して学界の批評を受け得る形式のものとしなければならないように規定されているのである。それで、もしも・・・ 寺田寅彦 「学位について」
出典:青空文庫