・・・戸を開けて中に這入ると馬車追いを内職にする若い農夫が三人土間に焚火をしてあたっていた。馬車追いをする位の農夫は農夫の中でも冒険的な気の荒い手合だった。彼らは顔にあたる焚火のほてりを手や足を挙げて防ぎながら、長雨につけこんで村に這入って来た博・・・ 有島武郎 「カインの末裔」
・・・ といって、内職に配達をやっている書生とも思わしくない、純粋の労働者肌の男が……配達夫が、二、三人の子供を突き転ばすようにして人ごみの中に割りこんで来た。 彼はこれから気のつまるようないまいましい騒ぎがもちあがるんだと知った。あの男・・・ 有島武郎 「卑怯者」
・・・「うう、お爺さん」内職の、楊枝を辻占で巻いていた古女房が、怯えた顔で――「話に聞いた魔ものではないかのう。」とおっかな吃驚で扉を開けると、やあ、化けて来た。いきなり、けらけらと笑ったのは大柄な女の、くずれた円髷の大年増、尻尾と下腹は何を巻い・・・ 泉鏡花 「開扉一妖帖」
・・・と娘が、つい傍に、蓮池に向いて、という膝ぎりの帷子で、眼鏡の下に内職らしい網をすいている半白の父を呼ぶと、急いで眼鏡を外して、コツンと水牛の柄を畳んで、台に乗せて、それから向直って、丁寧に辞儀をして、「ええ、浦安様は、浦安かれとの、その・・・ 泉鏡花 「伯爵の釵」
・・・目を煩らって、しばらく親許へ、納屋同然な二階借りで引き籠もって、内職に、娘子供に長唄なんか、さらって暮らしていなさるところへ、思い余って、細君が訪ねたのでございます。」(お艶さん、私はそう存じます。私が、貴女ほどお美しければ、「こんな女・・・ 泉鏡花 「眉かくしの霊」
・・・父親は、死んでしまってないために、病身の母親は、じっとしていることもできずに内職をしています。母親の働くだけでは子供らを養育していくことは、むずかしいのです。それでいちばん上の、この男の子は、こうして毎日、町の四つ角にそびえている私の下に立・・・ 小川未明 「煙突と柳」
・・・月に三度の公休日にも映画ひとつ見ようとせず、お茶ひとつ飲みにも行かず、切り詰め切り詰めた一人暮しの中で、せっせと内職のミシンを踏み、急ぎの仕立の時には徹夜した。徹夜の朝には、誰よりも早く出勤した。 そして、自分はみすぼらしい服装に甘んじ・・・ 織田作之助 「旅への誘い」
・・・母親のお辰はセルロイド人形の内職をし、弟の信一は夕刊売りをしていたことは蝶子も知っていたが、それにしてもどうして工面して払ったのかと、瞼が熱くなった。それで、はじめて弟に五十銭、お辰に三円、種吉に五円、それぞれくれてやる気が出た。そこで貯金・・・ 織田作之助 「夫婦善哉」
・・・小学教員に百円の内職は荷が勝ち過ぎる。ただ空想ばかりに耽っている。起きれば金銭、寝ても百円。或日のことで自分は女生徒の一人を連れて郊外散歩に出た。その以前は能く生徒の三四人を伴うて散歩に出たものである。 美しき秋の日で身も軽く、少女は唱・・・ 国木田独歩 「酒中日記」
・・・「ホホホホホ、大きな声をお出しでない、隣家の児が起きると内儀の内職の邪魔になるわネ。そんならいいよ買って来るから。と女房は台所へ出て、まだ新しい味噌漉を手にし、外へ出でんとす。「オイオイ此品でも持って行かねえでどうするつもりだ。・・・ 幸田露伴 「貧乏」
出典:青空文庫