・・・故作家と生前、特に親交あり、いま、その作家を追慕するのあまり、彼の戯れにものした絵集一巻、上梓して内輪の友人親戚間にわけてやるなど、これはまた自ら別である。あかの他人のかれこれ容喙すべき事がらでない。 私は一読者の立場として、たとえばチ・・・ 太宰治 「もの思う葦」
・・・この婆さんから色々の客の内輪の話も聞かされた。盗賊が紳商に化けて泊っていた時の話、県庁の役人が漁師と同腹になって不正を働いた一条など、大方はこんな話を問わず語りに話した。中には哀れな話もあった。数年前の夏、二階に泊っていた若い美しい人の妻の・・・ 寺田寅彦 「嵐」
・・・只ウィリアムの見詰めたる盾の内輪が、例の如く環り出すと共に、昔しながらの微かな声が彼の耳を襲うのみである。「盾の中に何をか見る」と女は水の向より問う。「ありとある蛇の毛の動くは」とウィリアムが眼を放たずに答える。「物音は?」「鵞筆の紙を走る・・・ 夏目漱石 「幻影の盾」
・・・ 私は、私より二寸位背の高い彼の人が、私の貸した本を腕一杯に抱えて、はじけそうな、銀杏返しを見せて振り向きもしないで、町風に内輪ながら早足に歩いて行く後姿なんかを思いながらフイと番地を聞いて置かなかった、自分の「うかつ」さをもう取り返し・・・ 宮本百合子 「秋風」
・・・日本婦人協力会には、検事局の人々にとって殆ど内輪の、因縁浅くない故宮城長五郎氏夫人宮城たまよが主要な一員として参加しているのである。遠慮なく警告してもよかったろう。 責任を問うという意味での警告であるならば、おのずから区別の過程をふまえ・・・ 宮本百合子 「石を投ぐるもの」
・・・ 切りつめた暮しを目の前に見て、自分のために起る種々な、内輪のごたくさの渦の中に逃げられない体をなげ出して、小突きあげられたり、つき落されたりする様な眼に会って居なければ、ならない事は、しみじみ辛い事であった。 こんな、憂目を見る基・・・ 宮本百合子 「栄蔵の死」
・・・ 文学の賞の今日のありようについても、単に皮肉な毒舌や内輪のごたつき話に対する嘲笑をもって終らず、謂わば文学における自分の努力の一つ一つを、今日の文学の質をよりましなものとしていつしか変えてゆくべきものとして、責任深く感じる心持が大切と・・・ 宮本百合子 「今日の文学と文学賞」
・・・誰かにあてた手紙の中に、チェホフらしい内輪な云いぶりで「彼の本当の道を発見させてやりたい」と書いた。 われわれにとって意味ふかく考えられるのは、このチェホフのこの単純に云われているが重大な言葉が、今日のメイエルホリドにとっても、まだ決定・・・ 宮本百合子 「ソヴェトの芝居」
・・・そのような内輪のメモにもなり仲通りの何処かで何か陶器の気に入ったのが目につくと、その場所、見つけた日づけ、時にはその陶器のスケッチなどもこの手帳にされました。 一日のうちに、父は幾度、手帳を出しかけたことでしょう。実にまめに、何でもかき・・・ 宮本百合子 「父の手帳」
・・・の疑問も人間完成の要求も本質的には達せられず、結局、面は違うが、同じ小市民的層の内輪をめぐっていることになる。作者は当時、その微妙な要点を洞察するだけの客観的な社会性を自身の現実観察の眼に具えて居なかった次第でした。 しかし、この作品は・・・ 宮本百合子 「「伸子」について」
出典:青空文庫