・・・君のごとき境遇にある人の目から見て、僕のごとき者の内面は観察も想像およぶはずのものであるまい。いかな明敏な人でも、君と僕だけ境遇が違っては、互いに心裏をくまなくあい解するなどいうことはついに不可能事であろうと思うのである。 むろん僕の心・・・ 伊藤左千夫 「去年」
・・・一歩内面的なる、思想、人格、教化の如きに至っては、いかに強権の力でも、容易に左右することはできないのであります。 思うに、このことは、たゞ児童等の反省と自治的精神によってのみ、その結果が期待されるものと信じます。そして、かゝる情操の・・・ 小川未明 「近頃感じたこと」
・・・必要なものだけで足れりとした時に、却って、内面的の生活は開けて来る。この意味から、幸福を決定するものは、精神であるともいえます。階級闘争から、同胞の相互扶助に、うつり行くのも、この理でなければなりません。婦人に於ても、男子に於ても、そうであ・・・ 小川未明 「文化線の低下」
・・・生活に打ち込まれた一本の楔がどんなところにまで歪を及ぼして行っているか、彼はそれに行き当るたびに、内面的に汚れている自分を識ってゆくのだった。 そしてまた一本の楔、悪い病気の疑いが彼に打ち込まれた。以前見た夢の一部が本当になったのである・・・ 梶井基次郎 「ある心の風景」
・・・ 二 倫理学の入門 倫理学の祖といわれるソクラテス以来最近のシェーラーやハルトマンらの現象学派の倫理学にいたるまで、人間の内面生活ならびに社会生活の一切の道徳的に重要な諸問題が、それを一貫する原理の探究を目ざしてとり・・・ 倉田百三 「学生と教養」
・・・ この配流は日蓮の信仰を内面的に強靭にした。彼はあわただしい法戦の間に、昼夜唱題し得る閑暇を得たことを喜び、行住坐臥に法華経をよみ行ずること、人生の至悦であると帰依者天津ノ城主工藤吉隆に書いている。 二年の後に日蓮は許されて鎌倉に帰・・・ 倉田百三 「学生と先哲」
・・・しかしこの概念的記述的なるものの連続の中には詩もなければ音楽もなく、何一つ生活の内面に立ち入ったリアルな生きた実相をつかまえてわれわれに教えてくれるものはないようである。つまり現代の映画の標準から見ればあまりに内容に乏しい恨みがあるのである・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
・・・ また一方、研究者の内面生活の方面から見た「自由」はどうかと見ると、これは全く個人個人の問題で、一概に云われないようである。ちょっと外側から見ると恐ろしく窮屈そうに見えるような天地に居て、そうして実は、最も自由に天馬のごとく飛翔している・・・ 寺田寅彦 「学問の自由」
・・・ 私はただ何という理窟なしにボーアの内面生活を想像して羨ましくまたゆかしく思っていた。そしてそのような生活がいつまでも妨げられずに平静に続いて行って、その行末永い途上に美しい研究の花や実を齎す事を期望している。 四 切・・・ 寺田寅彦 「雑記(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
・・・これはただ牛肉の後に沢庵といいうような意味のものではなく、もっとずっと深い内面的の理由による事と思う。美学者や心理学者はこれに対してどういう見解を下しているか知らないが、とにかく東洋画殊に南画というものの芸術的の要素の中にはこれと同じような・・・ 寺田寅彦 「津田青楓君の画と南画の芸術的価値」
出典:青空文庫