・・・殊に私の予想が狂うのは、今度三浦に始めて会った時を始めとして、度々経験した事ですから、勿論その時もただふとそう思っただけで、別段それだから彼の結婚を祝する心が冷却したと云う訳でもなかったのです。それ所か、明い空気洋燈の光を囲んで、しばらく膳・・・ 芥川竜之介 「開化の良人」
・・・ この一声を聞くとともに、一桶の氷を浴びたるごとく、全身の血は冷却して、お貞は、「はい。」 と戦きたり。 時彦はいともの静に、「お前、このごろから茶を断ッたな。」「いえ、何も貴下、そんなことを。」 と幽かにいいて・・・ 泉鏡花 「化銀杏」
・・・二た目でそれほどでないと思えば憧憬は冷却する。自分で、自分を溺らすのが一番いけない。それほどでもない異性を恋して、大きな傷を受けるほど愚かしいことはない。 ときとして、性格によっては、恋人が欲しくてたえられないときがあるものだ。それは愛・・・ 倉田百三 「学生と生活」
・・・それは恋愛の冷却というべきものではなくして、自然の飽和と見るべきものだ。少なくともそれはニイチェのいうような、一層高いものに、転生するための恋愛の没落なのだ。そこには恋愛のような甘く酔わせるものはないが、もっと深いかみしめらるべき、しみじみ・・・ 倉田百三 「女性の諸問題」
・・・の力で押されて山腹を下り、その余力のほんのわずかな剰余で冷却固結した岩塊を揉み砕き、つかみ潰して訳もなくこんなに積み上げたのである。 岩塊の頂上に紅白の布片で作った吹き流しが立っている。その下にどこかの天ぷら屋の宣伝札らしいものがある。・・・ 寺田寅彦 「浅間山麓より」
・・・夜間は陸上の空気が海上のものよりも著しく冷却するから、これと反対の過程が行なわれて、上層では海のほうから陸へ、下層では陸から海へ微風が吹く、これがいわゆる陸風である。 これはすでによく知られた事実である。 上層と下層とで風向きが反対・・・ 寺田寅彦 「海陸風と夕なぎ」
・・・たとえばビーカーをアルコールランプで下から熱すると水蒸気が出てそれがビーカーの外側にあたって冷却され、水粒がビーカーに附着する。これを見て児童はどうして出来るかと質問したときに、教師がそれをいいかげんに答えるのはいうまでもなく悪いが、これを・・・ 寺田寅彦 「研究的態度の養成」
・・・表面の殻が冷却収縮したためというだけではどうも説明がむつかしいように思われる。実際この種の火山弾の破片で内部の軽石状構造を示すものが多いようである。 それからまた、ちょっと見ると火打ち石のように見える堅緻で灰白色で鋭い稜角を示したのもあ・・・ 寺田寅彦 「小浅間」
・・・その容器の中の空気に、充分湿気を含ませておいてこれを急激に膨張させると、空気は膨張のために冷却し含んでいた水蒸気を持ち切れなくなるために、霧のような細かい水滴が出来る。この水滴が出来るためには、必ず何かその凝縮する時に取りつく核のようなもの・・・ 寺田寅彦 「塵埃と光」
・・・ 年賀に行くと大抵応接間か客座敷に通されるのであるが、そうした部屋は先客がない限り全く火の気がなくて永いこと冷却されていた歴史をもった部屋である。這入って見廻しただけで既に胴ぶるいの出そうな冷たさをもった部屋である。置時計、銅像、懸物、・・・ 寺田寅彦 「新年雑俎」
出典:青空文庫