・・・それが、なんとも言えず、骨のずいに徹するくらいの冷厳な語調であった。底知れぬ軽蔑感が、そのたった一語に、こめられて在った。僕は、まいった。酔いもさめた。けれども苦笑して、「あ、失礼。つい酔いすぎて。」と軽く言ってその場をごまかしたが、腸・・・ 太宰治 「水仙」
・・・愛着は感じていても、その作品集の内容を、最上質のものとは思っていないからである。冷厳の鑑賞には、とても堪えられる代物ではないのである。謂わば、だらしない作品ばかりなのである。けれども、作者の愛着は、また自ら別のものらしく、私は時折、その甘っ・・・ 太宰治 「ろまん燈籠」
・・・不肖の息子が、顔立ちばかりは卓越していた父親そっくりであるという自然の冷厳なしきうつしとともに。不幸にもキリストなどに似て生れたことが、ほんとにその男のその男らしい生きかたに、どんな作用も及ぼさないとは思えない。自分というものを、外形の偶然・・・ 宮本百合子 「あとがき(『宮本百合子選集』第三巻)」
・・・しかしながら、人間精神の本質とその活動についての根本の理解に、昔ながらの理性と感情の分離対立をおいたままで科学という声をきえば、やっぱりそれは暖く躍る感情のままでは触れてゆけない冷厳な世界のように感じられるであろう。そして、その情感にあるお・・・ 宮本百合子 「科学の常識のため」
・・・無邪気な少年の心に、わがままを抑えるとか、他人の気を兼ねるとかの必要が、冷厳な現実としてのしかかってくる。これは一人の人の生涯にとっては非常に大きい事件だと言わなくてはなるまい。こうして、ありのままのおのれを卒直に露呈するという道は、早くか・・・ 和辻哲郎 「藤村の個性」
出典:青空文庫