・・・ 艫の方の横木に凭れて立っている和服にマント鳥打帽の若い男がいちばんの主人株らしい、たぶん今日のプログラムを書いてあるらしい紙片を手に持って立っている。その傍に花火を入れた箱があって、助手がそこから順々に花火の玉を出して打手に渡す。・・・ 寺田寅彦 「雑記(2[#「2」はローマ数字、1-13-22])」
・・・水にうつる人々の衣服や玩具や提灯の色、それをば諸車止と高札打ったる朽ちた木の橋から欄干に凭れて眺め送る心地の如何に絵画的であったろう。 夏中洲崎の遊廓に、燈籠の催しのあった時分、夜おそく舟で通った景色をも、自分は一生忘れまい。苫のかげか・・・ 永井荷風 「深川の唄」
・・・親父が無理算段の学資を工面して卒業の上は月給でも取らせて早く隠居でもしたいと思っているのに、子供の方では活計の方なんかまるで無頓着で、ただ天地の真理を発見したいなどと太平楽を並べて机に靠れて苦り切っているのもある。親は生計のための修業と考え・・・ 夏目漱石 「現代日本の開化」
・・・この女が机に凭れて何か考えているところを、後から、そっと行って、紫の帯上げの房になった先を、長く垂らして、頸筋の細いあたりを、上から撫で廻したら、女はものう気に後を向いた。その時女の眉は心持八の字に寄っていた。それで眼尻と口元には笑が萌して・・・ 夏目漱石 「文鳥」
・・・私は後ろの壁に凭れてしまった。そして坐りたくてならないのを強いて、ガタガタ震える足で突っ張った。眼が益々闇に馴れて来たので、蔽いからはみ出しているのが、むき出しの人間の下半身だと云うことが分ったんだ。そしてそれは六神丸の原料を控除した不用な・・・ 葉山嘉樹 「淫賣婦」
・・・ 彼は瞬間、ベンチの凭れ越しに振りかえった。誰も、彼を覘ってはいなかった。それと思われるのが二人、入口の処でゾロゾロ改札口の方へ動いて行く、群集を眼で拾っていた。 彼は、立ち上って、三つばかり先のベンチへ行って、横目で、一渡り待合室・・・ 葉山嘉樹 「乳色の靄」
・・・となりに、百代が萌黄立枠の和服で深く椅子の中に靠れ込み、忠一と低い声であきず何か話していた。忠一は、百代の背中に手をまわすようにして、同じ椅子の肱に横がけしているのだ。その真正面に、もう一冊の活動写真雑誌をひろげて篤介が制服でいた。午後二時・・・ 宮本百合子 「明るい海浜」
・・・ 気づかれのした彼女は、ぐったり腕椅子に靠れ込み、髪をなおしながら、余り快活でなく呟いた。「さあ。――少し疑問よ」 同じように不活溌な千代の手にやや悩まされながら二日目の朝食がすむと、さほ子は、三畳の彼女の部屋に行って見た。・・・ 宮本百合子 「或る日」
・・・そこここに着物の散らばっている座敷の床柱に靠れ、皆の戻って来るのを待ちつつひろ子はこの気持を章子に話すときを想像し、渋甘い微笑を一人洩した。章子は一応、「そんなの偏狭さ」と云うに定っているから。 翌々日は日曜日であった。蒔絵・・・ 宮本百合子 「高台寺」
・・・文芸映画とその観客の層との生きた関係でみると観客そのものがそもそも気分的なものに誘われて、気分的な主調でつくられた映画を観て益々現代に生きる自分たちの或る気分に靠れかかるような場合も想像されなくはない。今日のいい評判というようなものの実際の・・・ 宮本百合子 「観る人・観せられる人」
出典:青空文庫