・・・この狼はルプス・ジガンティクスと称し、最も兇猛な種属であると云う。なお宮城動物園主は狼の銃殺を不当とし、小田原署長を相手どった告訴を起すといきまいている。等、等、等。五 ある秋の真夜中です。体も心も疲れ切った白は主人の家へ帰・・・ 芥川竜之介 「白」
・・・の成り立は、さる事なりとするも、汝がこれを以て極悪兇猛の鬼物となす条、甚以て不審なり。その故は、われ、昔、南蛮寺に住せし時、悪魔「るしへる」を目のあたりに見し事ありしが、彼自らその然らざる理を述べ、人間の「じゃぼ」を知らざる事、夥しきを歎き・・・ 芥川竜之介 「るしへる」
・・・ 昔、読んだスタンレーの探検記には、アフリカの蛮地で兇猛なあり群に襲われることが書いてあった。たしかに、猛獣に襲われるより怖しいことだったにちがいない。この、少しの反抗力をも有しない彼等に対してすら、その執拗と根気に怖れをなしているので・・・ 小川未明 「近頃感じたこと」
・・・当時のリベラリストは、ファッシズムというものが、どんなに野蛮兇猛であるかを十分理解せず、リベラリズムの範囲は、リベラリズムそのものだけの力で防衛できるかのように考えた。その結果はどうであったろう。うちつづく戦争と理性殺戮の年々に、日本の文化・・・ 宮本百合子 「あとがき(『宮本百合子選集』第十巻)」
・・・ そういう兇猛な雰囲気のなかで、良人である宮本顕治が地下的生活をしているということはわたしに一刻も安らかなこころを与えなかった。常に不安があった。ほんとに寝ても、醒めても。その上、夫婦の愛情をおとりにし、運動に習熟していない妻であるわた・・・ 宮本百合子 「解説(『風知草』)」
・・・一九三三年と云えば、プロレタリア文化運動に集注破壊の向けられた年で、小林多喜二の虐殺は、ファシズム権力の兇猛さで、国内にも国外にも心からの憤怒をよびおこした。が、その一面プロレタリア文化団体は、小林多喜二の死によってうけた震撼と恐慌によって・・・ 宮本百合子 「小林多喜二の今日における意義」
・・・こんどは戦争の兇猛と非人間性に向って抗議し、平和のために行動する、きょうという歴史の時代における香織を。そのために、人間としての母の愛が老いすぎたということがあり得るだろうか。そのために現実の方法がないということがあるだろうか。人類は平和を・・・ 宮本百合子 「その願いを現実に」
・・・情報局につとめていたことは、まのあたり平野氏に、天皇制と軍国主義の至上命令の兇猛さを示しつづけただろう。そこにつとめながら、そこの仕事を批判していた消極的な自虐性は、平野氏の心理に痼疾的なぐりぐりをこしらえたかのようだ。民主的政治にも、民主・・・ 宮本百合子 「孫悟空の雲」
・・・ 戦争中の知性の殺戮は兇猛であった。兵隊、徴用にゆくか、監獄にゆくか、二つに一つしかないような有様であった。各自の精神がどんなにそれを軽蔑していようとも強権と肉体への暴力で、特定の権力と目的とにしたがえさせられた。本郷の帝国大学のある本・・・ 宮本百合子 「誰のために」
出典:青空文庫