・・・ この森の中を行くような道は、起伏凹凸が少く、坦だった。がしかし、自動車の波動の自然に起るのが、波に揺らるるようで便りない。埃も起たず、雨のあとの樹立の下は、もちろん濡色が遥に通っていた。だから、偶に行逢う人も、その村の家も、ただ漂々蕩・・・ 泉鏡花 「燈明之巻」
・・・尤もこういう痼癖がしばしば大きな詩や哲学を作り出すのであるが、二葉亭もまたこの通有癖に累いされ、直線に屈曲を見出し平面に凹凸を捜し出して苦んだり悶いたりした。坦々砥の如き何間幅の大通路を行く時も二葉亭は木の根岩角の凸凹した羊腸折や、刃を仰向・・・ 内田魯庵 「二葉亭追録」
・・・ 雪庇いの筵やら菰やらが汚ならしく家のまわりにぶら下って、刈りこまない粗葺きの茅屋根は朽って凹凸になっている。「……これかい、ずいぶんひどい家だねえ」 耕吉は思わず眼を瞠って言った。「この辺の百姓家というものはたいていこんな・・・ 葛西善蔵 「贋物」
・・・常緑樹林におおわれた、なだらかなすそ野の果ての遠いかなたの田野の向こうには、さし身を並べたような山列が斜め向きに並び、その左手の山の背には、のこぎり歯というよりは乱杭歯のような凹凸が見える。妙義の山つづきであろう。この山系とは独立して右のか・・・ 寺田寅彦 「軽井沢」
・・・ デパートアルプスの頂上から見おろした銀座界隅の光景は、飛行機から見たニューヨーク、マンハッタンへんのようにはなはだしい凹凸がある。ただ違うのはこっちのいちばん高い家の高さがかの地のいちばん低い家の高さに相当する点であろう。このちぐはぐ・・・ 寺田寅彦 「銀座アルプス」
・・・かくのごとき眼より見れば、実際の等温線は大小無数の波状凹凸を有しこれが寸時も止まらず蠢動せるものと考えざるべからず。かくのごとき状態を精密に予報する事はいかなる気むずかしき世人もあえて望まざるべし。しかし今少しく規模を大きくして一村、一市街・・・ 寺田寅彦 「自然現象の予報」
・・・ 煙の柱の外側の膚はコーリフラワー形に細かい凹凸を刻まれていて内部の擾乱渦動の劇烈なことを示している。そうして、従来見た火山の噴煙と比べて著しい特徴と思われたのは噴煙の色がただの黒灰色でなくて、その上にかなり顕著なたとえば煉瓦の色のよう・・・ 寺田寅彦 「小爆発二件」
・・・なかんずく月の表面の凹凸の模様を示すものや太陽の黒点や紅炎やコロナを描いたものなどはまるでうそだらけなものであった。たとえば妙な紅炎が変にとがった太陽の縁に突出しているところなどは「離れ小島の椰子の木」とでも言いたかった。 科学の通俗化・・・ 寺田寅彦 「断水の日」
・・・蝋管に刻まれた微細な凹凸を巧妙な仕掛けで郭大した曲線を調和分析にかけて組成因子の間の関係を調べたりして声音学上の知識に貢献した事も少なくない。この種の研究は平円盤の発明によって非常な進捗を遂げた事はいうまでもない。蝋管記録の寿命はせいぜい千・・・ 寺田寅彦 「蓄音機」
・・・宅の洗面台はきわめて粗末な普通のいわゆる流しになっていて、木製の箱の上に亜鉛板を張ったものであるが、それが凹凸があって下の板としっくり密着していないために、洗面鉢の水が動揺するにつれて鉢自身がやはり少しの傾斜振動をする。しかるに鉢の底面から・・・ 寺田寅彦 「日常身辺の物理的諸問題」
出典:青空文庫