・・・一方はただ不規則な乾燥したそして簡単な繊維の集合か、あるいは不規則な凹凸のある無晶体の塊であるのに、他方は複雑に、しかも規則正しい細胞の有機的な団体である。美しいものと、これに似た美しくないものとの差別には、いつでもこのような、人間普通の感・・・ 寺田寅彦 「病室の花」
・・・その一つは、わずかな高低凹凸の複雑に分布した地面の水準測量をするのに、わざと夜間を選び、助手に点火した線香を持って所定の方向に歩かせ、その火光をねらって高低を定めたと言い伝えられていることである。しかしねらうのには水準器のついた望遠鏡か、こ・・・ 寺田寅彦 「藤棚の陰から」
・・・お辞儀一つで事が済むなら訳のないことだと、僕は早速承知して主人と共にその自動車に乗り、道普請で凹凸の甚しい小石川の春日町から指ヶ谷町へ出て、薄暗い横町の阪上に立っている博文館へと馳付けた。稍しばらく控所で待たされてから、女給仕に案内せられて・・・ 永井荷風 「申訳」
・・・、きわめて速力を出して、この佝僂病が人間性の上にのこされているうちに、まだわたしたちの精神が十分強壮、暢達なものと恢復しきらないうちに、その歪みを正常化するような社会事情を準備し、客観のレンズを奇妙な凹凸鏡にすりかえて、それに映れば焦点がわ・・・ 宮本百合子 「現代の主題」
・・・空は円く高く 地は低く凹凸を持ち人は、頭を程よい空間に保ってはじめて二つの心が、謙虚な霊を貫くのだ。 心自由に 自由に何処までも 行こうとする心。十三の少年のように好奇に満ち、精力に満ち・・・ 宮本百合子 「五月の空」
・・・この三つの創作方法は、日本の民主革命の広い凹凸の多い戦線にとって、それぞれの階級の進みゆく歩幅につれて新しい文学を生み出してゆくよすがであろう。桑原武夫が、民主主義文学であるならばそれは社会主義的リアリズムの手法をもつべきものであるとして、・・・ 宮本百合子 「五〇年代の文学とそこにある問題」
・・・そのときのかの子さんの印象は、自身の白い滑らかさ、ふっくらした凹凸、色彩のとりどりを自身で味いたのしみながら辿っているとでも云う心理に映った。主婦として女中さんの待遇について話すようなときも、同じその感覚が、自身の主婦ぶりに向けられているら・・・ 宮本百合子 「作品の血脈」
・・・ 幹と枝々との麗わしい均斉、軟らかな輪郭と、その密度によってところどころの変化をもつ静かな緑色の群葉に飾られた樹木は、光線の工合によって、細密な樹皮の凹凸を、さながら活動する群集のように見せながら、影と陰との錯綜、直線と曲線との微妙な縺・・・ 宮本百合子 「地は饒なり」
・・・ どうしてもなくなった鶏の眼玉をさがし出さなければならないと思った小さい子は、可哀そうに顔を真赤にして、木の根の凹凸の間から縁の下の埃の中までかきまぜて一粒の眼玉をあさって居た。 弟は其れをだまって見て居たらしい。 ややしばらく・・・ 宮本百合子 「二十三番地」
・・・ けれ共、その、まばゆい色になれてなおよくその山々を見つめると、雲の厚味により、山自身の凹凸により、又は山々の重なり工合によってその一部分一部分の細かい色が一つとして同じのは無いのを見出すのである。 この様に、東北にはまれな、しなや・・・ 宮本百合子 「農村」
出典:青空文庫