・・・ 誰彼の差別も容赦もあらあらしく、老若男女入りみだれて、言い勝ちに、出任せ放題の悪口をわめき散らし、まるで一年中の悪口雑言の限りを、この一晩に尽したかのような騒ぎであった。 如何に罵られても、この夜ばかりは恨みにきかず、立ちどころに・・・ 織田作之助 「猿飛佐助」
・・・併しそれも唯机に対って声さえ立てて居れば宜いので、毎日のことゆえ文句も口癖に覚えて悉皆暗誦して仕舞って居るものですから、本は初めの方を二枚か三枚開いたのみで後は少しも眼を書物に注がず、口から出任せに家の人に聞えよがしに声高らかに朗々と読んで・・・ 幸田露伴 「少年時代」
・・・何年何月何日にどうしたこうしたとあたかも口から出任せに喋舌っているようである。しかもその流暢な弁舌に抑揚があり節奏がある。調子が面白いからその方ばかり聴いていると何を言っているのか分らなくなる。始めのうちは聞き返したり問い返したりして見たが・・・ 夏目漱石 「カーライル博物館」
・・・この大切なる仕事を引受けたる世間の父母を見るに、かつて子を家庭に教育するの道を稽古したることなく、甚だしきは家庭教育の大切なることだに知らずして甚だ容易なるものと心得、毎に心の向き次第、その時その時の出任せにて所置するもの多きが如し。今その・・・ 福沢諭吉 「家庭習慣の教えを論ず」
・・・男と云うものは、奥さんのように口から出任せに物を言ってはいけないのだ。」「まあ。」奥さんは目をみはった。四十代が半分過ぎているのに、まだぱっちりした、可哀らしい目をしている女である。「おこってはいけない。」「おこりなんかしません・・・ 森鴎外 「かのように」
・・・酒井様へ小使に住み込む時、勝負事で識合になっていた紀州の亀蔵と云う奴の名を、口から出任せに言ったのです。この外に言うことはありません。どうぞ御存分になすって下さい。」「好く言った」と九郎右衛門は答えた。そしてりよと文吉とに目ぐわせして虎・・・ 森鴎外 「護持院原の敵討」
出典:青空文庫