・・・そう云えば一度なぞは、どこかの回漕店の看板に、赤帽の画があるのを見たものだから、あいつはまた出先まで行かない内に、帰って来たと云う滑稽もあった。 しかしかれこれ一月ばかりすると、あいつの赤帽を怖がるのも、大分下火になって来た。「姉さん。・・・ 芥川竜之介 「妙な話」
一 雪の夜路の、人影もない真白な中を、矢来の奥の男世帯へ出先から帰った目に、狭い二階の六畳敷、机の傍なる置炬燵に、肩まで入って待っていたのが、するりと起直った、逢いに来た婦の一重々々、燃立つような長襦袢・・・ 泉鏡花 「第二菎蒻本」
・・・ 一年ばかり、そこの記者衆を乗せて、出先と社の玄関を往復している間に、彼等の内幕やコツをすっかり覚えこんでしまったある雨の日、急に丹造の野心はもくもくと動きだして、よし、おれも一番記者になって……と、雨に敲かれた眼にきっと光を見せたが、・・・ 織田作之助 「勧善懲悪」
・・・無い、という思が直に※深く考え居りてか、差当りて何と為ん様子も無きに、右膳は愈々勝に乗り、「故管領殿河内の御陣にて、表裏異心のともがらの奸計に陥入り、俄に寄する数万の敵、味方は総州征伐のためのみの出先の小勢、ほかに援兵無ければ、先ず公方・・・ 幸田露伴 「雪たたき」
・・・ こうした環境に育った僕は、家で来客と話すよりも、こっちから先方へ訪ねて行き、出先で話すことを気楽にして居る。それに僕は神経質で、非常に早く疲れ易い。気心の合った親友なら別であるが、そうでもない来客と話をすると、すぐに疲労が起ってきて、・・・ 萩原朔太郎 「僕の孤独癖について」
・・・田中王堂氏の原稿は、書き入れ、書きなおしで御本人さえ一寸困るようだとか、多分藤村氏であった、有名な遅筆だが、おくれて困るので出先まで追っかけて、庭越しに向い合わせの座敷をとって待つことにした。さて藤村氏の方はどんな工合に行っているかと硝子障・・・ 宮本百合子 「狭い一側面」
出典:青空文庫