・・・一方では憲政会熊本支部にもひそかに出入している男であるが、小野、津田、三吉の労働幹部のトリオがしっかりしているうちは、まだいうことをきいていた。「きみィ、応援するのやろ?」 三吉が黙っていると、「ええわしの方も、ひとつたのむゾ」・・・ 徳永直 「白い道」
・・・その中の一ツは出入りの安吉という植木屋が毎年々々手入の松の枯葉、杉の折枝、桜の落葉、あらゆる庭の塵埃を投げ込み、私が生れぬ前から五六年もかかって漸くに埋め得たと云う事で。丁度四歳の初冬の或る夕方、私は松や蘇鉄や芭蕉なぞに其の年の霜よけを為し・・・ 永井荷風 「狐」
・・・本丸の左右に懸け離れたる二つの櫓は本丸の二階から家根付の橋を渡して出入の便りを計る。櫓を環る三々五々の建物には厩もある。兵士の住居もある。乱を避くる領内の細民が隠るる場所もある。後ろは切岸に海の鳴る音を聞き、砕くる浪の花の上に舞い下りては舞・・・ 夏目漱石 「幻影の盾」
・・・しかもその二階は図書室と学長室などがあって、太いズボンをつけた外山さんが、鍵をがちゃつかしながら、よく学長室に出入せられるのを見た。法文の教室は下だけで、間に合うていたのである。当時の選科生というものは、誠にみじめなものであった。無論、学校・・・ 西田幾多郎 「明治二十四、五年頃の東京文科大学選科」
・・・堂々と玄関を構えてる医者の家へ、ルンペンか主義者のような風態をした男が出入するのを、父は世間態を気にして、厭がったのは無理もなかった。そこで青年たちが来る毎に、僕は裏門をあけてそっと入れ、家人に気兼ねしながら話さねばならなかった。それは僕に・・・ 萩原朔太郎 「僕の孤独癖について」
・・・世間に言う姦婦とは多くは斯る醜界に出入し他の醜風に揉れたる者にして、其姦固より賤しむ可しと雖も、之を養成したる由来は家風に在りと言わざるを得ず。清浄無垢の家に生れて清浄無垢の父母に育てられ、長じて清浄無垢の男子と婚姻したる婦人に、不品行を犯・・・ 福沢諭吉 「女大学評論」
・・・文士や画家や彫塑家の寄合所になっていた、小さい酒店が幾つもあったが、それがたいてい閉店してしまって、そこに出入していた人達は、今では交際社会の奢った座敷に出入している。新進文士でも二三の作が少し評判がいいと、すぐに住いや暮しを工面する。ちょ・・・ 著:プレヴォーマルセル 訳:森鴎外 「田舎」
・・・ 一旦、托児所を出て往来を横切ると特別な工場学校の小門があって、十五六歳の少年少女がそこを活溌に出入している。入ったところの広場で一つの組が丁度体操をやっている。十七八人の男女の工場学校の生徒が六列に並んで、一人の生徒の指揮につれて手を・・・ 宮本百合子 「明るい工場」
・・・それから後は学校教師になって、Laboratorium に出入するばかりで、病人というものを扱った事が無い。それだから花房の記憶には、いつまでも千住の家で、父の代診をした時の事が残っている。それが医学をした花房の医者らしい生活をした短い期間・・・ 森鴎外 「カズイスチカ」
・・・彼のいう水交社への出入も栖方一人の夢かどうか、ふと梶はこのとき身を起す気持になった。「君という人は不思議な人だな。初めに君の来たときには、何んだか跫音が普通の客とどこか違っていたように思ったんだが。――」と梶は呟くように云った。「あ・・・ 横光利一 「微笑」
出典:青空文庫