・・・ 車の中から席を去って出口まで見に行くものもある。「けちけちするない――早く出さねえか――正直に銭を払ってる此輩アいい迷惑だ。」と叫ぶものもある。 不時の停車を幸いに、後れ走せにかけつけた二、三人が、あわてて乗込んだ。その最後の一人・・・ 永井荷風 「深川の唄」
・・・だから右の手で籠の戸を明けながら、左の手をその下へあてがって、外から出口を塞ぐようにしなくっては危険だ。餌壺を出す時も同じ心得でやらなければならない。とその手つきまでして見せたが、こう両方の手を使って、餌壺をどうして籠の中へ入れる事ができる・・・ 夏目漱石 「文鳥」
・・・「発車まで出口を見張ってろ!」 二人の制服巡査が、両方の乗降口に残って他のは出て行った。 プラットフォームは、混乱した。叫び声、殴る響、蹴る音が、仄暗いプラットフォームの上に拡げられた。 彼は、懐の匕首から未だ手を離さなかっ・・・ 葉山嘉樹 「乳色の靄」
・・・』 貴婦人は見事な肩掛を、赤さんへお掛けなすって、急いで出口の方へ行ってお了いでした。其御様子が何様にお美しく見上げられたでしょう。『僞善よ。ほほ。』と、また可怖い眼で見送りでしたの。『僕も主義を改めて、あの百姓のお神さんに同情・・・ 広津柳浪 「昇降場」
・・・ 爺いさんは穹窿の下を、二三歩出口まで歩いて行って、じっと外を見ている。雪は絶間なく渦を巻いて地の上と水の上とに落ちる。その落ちるのが余り密なので、遠い所の街灯の火が蔽われて見えない。 爺いさんが背後を振り返った時には、一本腕はもう・・・ 著:ブウテフレデリック 訳:森鴎外 「橋の下」
・・・青年は男の子の手をひきだんだん向うの出口の方へ歩き出しました。「じゃさよなら。」女の子がふりかえって二人に云いました。「さよなら。」ジョバンニはまるで泣き出したいのをこらえて怒ったようにぶっきり棒に云いました。女の子はいかにもつらそ・・・ 宮沢賢治 「銀河鉄道の夜」
・・・ 他のヨーロッパ諸国の社会生活の苦悩と自分から出口をふさいでもがいている自己矛盾とに強い印象をうけて戻って来た作者は、日夜の共感をもって、ソヴェトの人々が社会主義社会を確立するために奮起した情熱と実力とにふれた。社会の現実はどのようにし・・・ 宮本百合子 「あとがき(『宮本百合子選集』第九巻)」
・・・九郎右衛門は文吉の帰るのを待って、手分をして大阪の出口々々を廻って見た。宇平の行方を街道の駕籠の立場、港の船問屋に就いて尋ねたのである。しかしそれは皆徒労であった。 九郎右衛門は是非なく甥の事を思い棄てて、江戸へ立つ支度をした。路銀は使・・・ 森鴎外 「護持院原の敵討」
・・・そして出口の方へ行こうとして、ふと壁を見ると、今まで気が附かなかったが、あっさりした額縁に嵌めたものが今一つ懸けてあった。それに荊の輪飾がしてある。薄暗いので、念を入れて額縁の中を覗くと、肖像や画ではなくて、手紙か何かのような、書いた物であ・・・ 著:ランドハンス 訳:森鴎外 「冬の王」
・・・次第に向側にある、停車場の出口の方へ行く扉が見えて来る。それから、背中にでこぼこのある獣のようなものが見えて来る。それは旅人が荷物を一ぱい載せて置いた卓である。最後にフィンクの目に映じて来たのは壁に沿うて据えてある長椅子である。そこでその手・・・ 著:リルケライネル・マリア 訳:森鴎外 「白」
出典:青空文庫