・・・殊に左近は出合いをあせって、ほとんど昼夜の嫌いなく、松山の内外を窺って歩いた。敵打の初太刀は自分が打ちたい。万一甚太夫に遅れては、主親をも捨てて一行に加わった、武士たる自分の面目が立たぬ。――彼はこう心の内に、堅く思いつめていたのであった。・・・ 芥川竜之介 「或敵打の話」
・・・においの高い巻煙草を啣えながら、じろじろ私たちの方を窺っていたのと、ぴったり視線が出会いました。私はその浅黒い顔に何か不快な特色を見てとったので、咄嗟に眼を反らせながらまた眼鏡をとり上げて、見るともなく向うの桟敷を見ますと、三浦の細君のいる・・・ 芥川竜之介 「開化の良人」
・・・そのうちに僕らは腰の曲がった一匹の河童に出合いました。するとラップはこの河童にちょっと頭を下げた上、丁寧にこう話しかけました。「長老、御達者なのは何よりもです。」 相手の河童もお時宜をした後、やはり丁寧に返事をしました。「これは・・・ 芥川竜之介 「河童」
・・・ わたしは昨日の午少し過ぎ、あの夫婦に出会いました。その時風の吹いた拍子に、牟子の垂絹が上ったものですから、ちらりと女の顔が見えたのです。ちらりと、――見えたと思う瞬間には、もう見えなくなったのですが、一つにはそのためもあったのでしょう・・・ 芥川竜之介 「藪の中」
・・・ところが今夜の出合いがあの婆に見つかったとなると、恐らく明日はお敏を手放して、出さないだろうと思うんだ。だからよしんばあの婆の爪の下から、お敏を救い出す名案があってもだね、おまけにその名案が今日明日中に思いついたにしてもだ。明日の晩お敏に逢・・・ 芥川竜之介 「妖婆」
・・・それが恵印に出会いますと、ふだんから片意地なげじげじ眉をちょいとひそめて、『御坊には珍しい早起きでござるな。これは天気が変るかも知れませぬぞ。』と申しますから、こちらは得たり賢しと鼻を一ぱいににやつきながら、『いかにも天気ぐらいは変るかも知・・・ 芥川竜之介 「竜」
・・・見つけられまい、と背後をすり抜ける出合がしら、錠の浜というほど狭い砂浜、娘等四人が揃って立つでしゅから、ひょいと岨路へ飛ぼうとする処を、 ――まて、まて、まて―― と娘の声でしゅ。見惚れて顱が顕われたか、罷了と、慌てて足許の穴へ隠れ・・・ 泉鏡花 「貝の穴に河童の居る事」
・・・ 村若衆の堂の出合は、ありそうな事だけれど、こんな話はどこかに類がないでもなかろう。 しかし、なお押重ねて、爺さんが言った、……次の事実は、少からず銑吉を驚かして、胸さきをヒヤリとさせた。 余り里近なせいであろう。近頃では場所が・・・ 泉鏡花 「神鷺之巻」
・・・ と呟くがごとくにいいて、かかる時、かかる出会の度々なれば、わざとには近寄らで離れたるままに横ぎりて爺は去りたり。「千ちゃん。」「え。」 予は驚きて顧りぬ。振返れば女居たり。「こんな処に一人で居るの。」 といいかけて・・・ 泉鏡花 「清心庵」
・・・ この虫の声、筧の音、框に片足かけたる、その時、衝立の蔭に人見えたる、われはかつてかかる時、かかることに出会いぬ。母上か、摩耶なりしか、われ覚えておらず。夢なりしか、知らず、前の世のことなりけむ。明治三十年七月・・・ 泉鏡花 「清心庵」
出典:青空文庫