・・・梅水は富士の裾野――御殿場へ出張した。 そこへ、お誓が手伝いに出向いたと聞いて、がっかりして、峰は白雪、麓は霞だろう、とそのまま夜這星の流れて消えたのが――もう一度いおう――去年の七月の末頃であった。 この、六月――いまに至るまで、・・・ 泉鏡花 「燈明之巻」
・・・改造の編輯者は大日本印刷へ出張校正に行ってみんな留守だった。 改造社を出ると空車が通りかかったので、それに乗って大日本印刷へ行った。四階でエレヴェーターを降りると、エレヴェーターのすぐ前が改造の校正室だった。 はいって行くと、きかぬ・・・ 織田作之助 「四月馬鹿」
・・・ヤトナというのはいわば臨時雇で宴会や婚礼に出張する有芸仲居のことで、芸者の花代よりは随分安上りだから、けちくさい宴会からの需要が多く、おきんは芸者上りのヤトナ数人と連絡をとり、派出させて仲介の分をはねると相当な儲けになり、今では電話の一本も・・・ 織田作之助 「夫婦善哉」
・・・がノッソリ御出張になりました。「加と男」とは「加藤男爵」の略称、御出張とは、特に男爵閣下にわれわれ平民ないし、平ザムライどもが申し上げ奉る、言葉である。けれどもが、さし向かえば、些の尊敬をするわけでもない、自他平等、海藻のつくだ煮の品評に余・・・ 国木田独歩 「号外」
・・・兵卒は聯隊の経理室から出張した計手から俸給を受取った。彼等は、あの老人を絶滅して以来、もう、偽せ札を造り出す者がなくなってしまったと思っていた。殊に、絶滅の仕方が惨酷であったゞけ、その効果が多いような感じがした。 彼等は、自分の姓名が書・・・ 黒島伝治 「穴」
・・・「あいにく、私のところも、出張中で。」「御出張?」私は全くぼんやりしていた。「ええ、もう、長いんですの。私の事も子供の事も、ちっとも心配していない様子で、ただ、お庭の植木の事ばっかり言って寄こします。」上の姉さんと一緒に、笑った。・・・ 太宰治 「佳日」
・・・それだけならいいんですが、地方の出張所にいる連中、夫婦ものばかりですし、小姑根性というのか、蔭口、皮肉、殊に自分のお得意先をとられたくないようで、雑用ばかりさせるし、悪口ついでにうんとならべると、女の腐ったような、本社の御機嫌とりに忙しい、・・・ 太宰治 「虚構の春」
・・・つるの亭主は、甲州の甲斐絹問屋の番頭で、いちど妻に死なれ、子供もなかったし、そのまま、かなりのとしまで独身でいて、年に一度ずつ、私のふるさとのほうへ商用で出張して来て、そのうちに、世話する人があって、つるを娶った。そのような事実も、そのとき・・・ 太宰治 「新樹の言葉」
・・・「学校にお医者が出張してまいりましたから。」「そいつあ、よかった。」「いいえ、でも、看護婦さんがほんの申しわけみたいに、――」「そうか。」 その日は、甲府市の郊外にある義妹の学友というひとのお家で休ませてもらう事にした。・・・ 太宰治 「薄明」
・・・ 昭和六年の秋米国各大学における講演を頼まれて出張し、加州大学、スタンフォード大学、加州及びマサチュセッツのインスチチュート・オブ・テクノロジーその他で、講義、あるいは非公式談話をした。帰路仏国へ渡ってパリでも若干の講演を試みた。三月九・・・ 寺田寅彦 「工学博士末広恭二君」
出典:青空文庫