・・・今日もこれから寄附金のことで出掛けるところでした」「そうかね、私にかまわないでお出かけよ、私も今日は日曜だから悠然していられない」「そうでしたね、日曜は兵隊が沢山来る日でしたね」と自分は何心なく言った。すると母、やはり気がとがめるか・・・ 国木田独歩 「酒中日記」
・・・ 書中のおもむきは、過日絮談の折にお話したごとく某々氏等と瓢酒野蔬で春郊漫歩の半日を楽もうと好晴の日に出掛ける、貴居はすでに都外故その節お尋ねしてご誘引する、ご同行あるならかの物二三枚をお忘れないように、呵々、というまでであった。 ・・・ 幸田露伴 「野道」
・・・保養にでも出掛けるつもりで行って見たら、どうです」「熊吉や、そんなことを言わないで、小さな家でも一軒借りることを心配してくれよ。俺は病院なぞへ入る気には成らんよ」「しかし姉さんだっても、いくらか悪いぐらいには自分でも思うんでしょう。・・・ 島崎藤村 「ある女の生涯」
・・・あの魚河岸ですら最早東京の真中にはなくて、広瀬さんはじめ池の茶屋の人達が月島の方へ毎朝の魚の買出しに出掛けるとは、お三輪には信じられもしなかった。 閻魔堂の前から、新七達の働いている食堂の横手がよく見える。近くにはアカシヤのわくら葉が静・・・ 島崎藤村 「食堂」
・・・井伏さんが本心から釣が好きということについては、私にもいささか疑念があるのだが、旅行に釣竿をかついで出掛けるということは、それは釣の名人というよりは、旅行の名人といった方が、適切なのではなかろうかと考えて居る。 旅行は元来手持ち無沙汰な・・・ 太宰治 「『井伏鱒二選集』後記」
・・・私はそれを無雑作らしくポケットにねじこみ、まちへ出掛けるのだ。月に一度か二度のこの外出のために、私は生きていたのである。当時、私は、わけの判らぬ憂愁にいじめられていた。絶対の孤独と一切の懐疑。口に出して言っては汚い! ニイチェやビロンや春夫・・・ 太宰治 「逆行」
・・・たとえば家庭に於いても女房が小説を読み、亭主が仕事に出掛ける前に鏡に向ってネクタイを結びながら、この頃どんな小説が面白いんだいと聞き、女房答えて、ヘミングウェイの「誰がために鐘は鳴る」が面白かったわ。亭主、チョッキのボタンをはめながら、どん・・・ 太宰治 「小説の面白さ」
・・・この土地の船乗りの中には二、三百トンくらいの帆船に雑貨を積んで南洋へ貿易に出掛けるのが沢山いるという話であった。浜辺へ出て遠い沖の彼方に土堤のように連なる積雲を眺めながら、あの雲の下をどこまでも南へ南へ乗出して行くといつかはニューギニアか濠・・・ 寺田寅彦 「海水浴」
・・・自分は試験の準備でだいぶ役所も休んだために、賞与は受けなかったが、廻状の但し書が妙に可笑しかったからつい出掛ける気になって出席した。少し酒を過ごしての帰り途で寒気がしたが、あの時はもう既に病に罹っていたのだ。帰って寝たら熱が出てそれきり起き・・・ 寺田寅彦 「枯菊の影」
・・・ 実は、どうもあまり気がすすまなかったのであるが、せっかくわざわざ傍聴券を手に入れて、そうして遥々迎えにまで来てくれたのだから、勉強してともかくも出掛ける事にした。 雨上がりの、それはひどい震災後の道路を、自動車で残酷に揺られて行く・・・ 寺田寅彦 「議会の印象」
出典:青空文庫