・・・巻軸帯、繃帯巾、……「出産。生児の衣服、産室、産具……「収入及び支出。労銀、利子、企業所得……「一家の管理。家風、主婦の心得、勤勉と節倹、交際、趣味、……」 たね子はがっかりして本を投げ出し、大きい樅の鏡台の前へ髪を結いに立・・・ 芥川竜之介 「たね子の憂鬱」
・・・産婆が雪で真白になってころげこんで来た時は、家中のものが思わずほっと気息をついて安堵したが、昼になっても昼過ぎになっても出産の模様が見えないで、産婆や看護婦の顔に、私だけに見える気遣いの色が見え出すと、私は全く慌ててしまっていた。書斎に閉じ・・・ 有島武郎 「小さき者へ」
・・・ その時、いきせき切って、ひどく見すぼらしい身なりの女が出産とどけを持って彼の窓口に現われる。「おねがいします」「だめですよ。きょうはもう」 津島はれいの、「苦労を忘れさせるような」にこにこ顔で答え、机の上を綺麗に片づけ、空・・・ 太宰治 「家庭の幸福」
・・・王子と、ラプンツェルの場合も、たしかに、その懐姙、出産を要因として、二人の間の愛情が齟齬を来した。たしかに、それは神の試みであったのである。けれども王子の、無邪気な懸命の祈りは、神のあわれみ給うところとなり、ラプンツェルは、肉感を洗い去った・・・ 太宰治 「ろまん燈籠」
・・・妻はいないし、うちにいる私の母も年の行かぬ下女もいずれも猫の出産に際してとるべき適当の処置についてはなんらの予備知識も持ち合わせなかったのである。 ともかくも古い柳行李のふたに古い座ぶとんを入れたのを茶の間の箪笥の影に用意してその中に三・・・ 寺田寅彦 「子猫」
・・・例えば年若き婦人が出産のとき、其枕辺の万事を差図し周旋し看護するに、実の母と姑と孰れが産婦の為めに安心なるや。姑必ずしも薄情ならず、其安産を祈るは実母と同様なれども、此処が骨肉微妙の天然にして、何分にも実母に非ざれば産婦の心を安んずるに足ら・・・ 福沢諭吉 「女大学評論」
・・・一 婦人の妊娠出産は勿論、出産後小児に乳を授け衣服を着せ寒暑昼夜の注意心配、他人の知らぬ所に苦労多く、身体も為めに瘠せ衰うる程の次第なれば、父たる者は其苦労を分ち、仮令い戸外の業務あるも事情の許す限りは時を偸んで小児の養育に助力し、暫く・・・ 福沢諭吉 「新女大学」
・・・などは「詩集と結婚と出産と」「父となる日」「わが家の正月」などとともに、決して、古い意味での世界の主の感情ではないのだから。「わが家の正月」「詩集と結婚と出産と」などには、実にあったかくて、清潔で、狎れ合ってしまわない人間同士の、親と子と、・・・ 宮本百合子 「鉛筆の詩人へ」
・・・に反抗し、自分の独立と自由とを主張しようとして、女性だけに可能な出産という行為でそれを奪いとろうと試みる。ジュヌヴィエヴはいかにも十六歳の少女らしく、鋭いが未熟で現実的でない思惟と情熱とで、自分に子供を与えてくれるようにと、科学の教師である・・・ 宮本百合子 「結婚論の性格」
・・・例えば、モスクワの金属工場に働く労働者が、飴牛の姙娠と出産とに、どんな熱情をもつことが出来るであろう。 党も、同伴者作家団を認めたと同じ友誼的指導的な態度で、全露農民作家協会に対して来た。一九二五年の文学に関するテーゼは、その組織に対す・・・ 宮本百合子 「五ヵ年計画とソヴェトの芸術」
出典:青空文庫